「こっち来て」

 映画館から外に出ようとしたら、急に顔色を変えた颯馬くんが私の手を引っ張った。
 そのままチケット売り場横にある柱の後ろに隠れる。

「どうしたの?」

 私には何が起こっているのか全く分からなかった。
 怖くなって小声で問いかける。

「死神が私のこと探してる」

 颯馬くんのその表情は冗談を言っているようなものではなかった。
 本当におびえている顔。
 ちらっと柱の向こうを覗いて見ても、人間じゃないモノは見えなかった。
 私には見えない何かにお姉ちゃんがおびえている。

「お姉ちゃん……」

 急に怖くなってしまった。
 私は柱に隠れたまま颯馬くんにすがりついた。

「このままだと未練を残して消えることになる。Aちゃん、小説を完成させて」

 颯馬くんにそう言われて、ついにこの時が来てしまったのだと思う。
 
「でも、完成して、賞を獲ったら、お姉ちゃんは消えちゃうんでしょう? だったら、完成させたくないよ……」

 フラれたくないよ、離れたくない。

「行かないでよ、消えないでよ……っ」

 涙が止まらない。

「ごめんね、つらい思いさせて。でも、死神が私を探してる。もう消えるまで時間がないの。私のために完成させて、お願い、Aちゃん」

 それは切実な願いの声だった。

 日々、颯馬くんへの好きの気持ちが募っていく。
 でも、この恋心を悟られてしまったらフラれてしまう。

「私、颯馬くんのこと好きじゃない」

 涙を拭って、私は颯馬くんを見つめた。

「好きになって」

 彼の儚い笑みに、また泣きそうになる。

 小説を書ききって賞を獲る。これがお姉ちゃんのやり残したことで、無念に思って成仏できない理由であるのなら……私は成し遂げなければらない。
 たとえ、二人が消えてしまうとしても、私は逃げてはならないんだ。

 この夏が颯馬くんと過ごす最後になるかもしれない。