「前見て歩かないと、危ないけど?」

 イタズラな声にくすっと笑われて、私はそろそろと手を外した。
 たしかに前を向いて歩かないと危ない。

「よくできました」

 ぽんと頭を撫でられて、心臓がうるさくなった。
 そんなに簡単にドキドキを安売りしないでほしい。

 私はまた恥ずかしくなって、頭を振って颯馬くんの手を振り落とした。
 髪が乱れたかも、と思って手で整える。

 その姿を見て、颯馬くんがまた意地悪な笑みを浮かべた。
 何か言おうと思って私が口を開いたときだった。

「あれ、仲里さん家の、いま帰り?」

 急に正面から声を掛けられて、びっくりした。
 すぐに視界を前に調整して、誰なのか確認する。

「あ、お久しぶりです」

 家の近くの商店街にある八百屋さんのおばさんだ。
 最近は年取ったからって、店を閉めちゃったみたいだけど。
 こんなところで会うなんて、と思う。

「なあに? 彼氏さん?」

 にやにやと笑いながら、颯馬くんを見るおばさん。
 お姉ちゃんなら、知ってると思うけど、彼はいま颯馬くんだから。

「いえ、友達です」

 両親に変に告げ口されても困るから友達だと紹介する。

「どうも」

 颯馬くんは軽くそれだけ言った。

「そう、いいわね~。またね~」

 変に間延びするしゃべり方でおばさんは去っていった。
 私たちの邪魔をしてはいけないと思ったのかもしれない。
 お願いだから、お母さんたちには何も言わないでいてくれるといいんだけど。

 というか、あれ?