「ないです。すみません、私、帰らないといけないので」

 テーブルの下に置いたスクールバッグを手に持って、私は立ち上がった。

「そうよね、ご両親が心配されるわよね。何かあったら遠慮なく相談しに来てね」

 先生はやわらかい表情を変えることなく、私に言った。

 そういうの、やめてほしい。
 言葉に出来ないのは、私がビビりだから。

「ありがとうございました」

 表だけ感謝の言葉を残して、私は靴箱に向かった。
 靴を履き替えて、外に出た瞬間に走り出す。

 急いでいるときに限って、こういうことがある。

 日が延びたから、まだ外は暗くなっていないけど、もう時間は六時を過ぎていた。
 今日は図書館が早く閉まる日だ。

 颯馬くんは、まだ図書館にいるだろうか。

 私たちは会った日に次に会う日を決めている。
 きっと、今日行かなければ、もう会うことは出来ない。

「颯馬くん……」

 まだ図書館は見えてこない。走って、息を乱しながら、彼の名前を口にする。

 あと少しなのに、運動が得意ではない私は苦しくなって足をゆるめてしまった。

 ――もう、小説を書くなんて諦めてしまう……?

 急に私の耳元で悪い私が囁いた気がした。