「ごめんね、覚えてないの。いろいろ抜け落ちてるから」

 ぼそりとつぶやくような静かな声が私の頭上から聞こえた。

「そう、なの……?」
「うん」

 その答えに正直ほっとした。
 いつか決心がついたら教えてほしいけど、お姉ちゃんが思い出すときは来るのかな。

 そう思いながらふと顔を上げて、目が合って、気が付いたことがあった。

「お姉ちゃんも泣いてたの?」

 よく見たら、別人であるお姉ちゃんの目も泣いたみたいに真っ赤で、頬にはうっすらと涙の跡があった。
きっと、お姉ちゃんも泣いてたんだ。

「あ、ああ、そう、悲しくて……」

 気付いてなかったのかな、お姉ちゃんは慌てたように両手で目元に触れようとした。
 でも、それは出来なかった。
 手に何か分厚いノートを持っていたから。

「それ、なに?」

 思わず目で追って、尋ねる。
 中身は大体予想がついてるけど、なんでいま持ってるのかなって。

「これ……。そうだ、Aちゃん、お願いがあるんだ」

 自分の手に持ったノートを見て、思い出したように彼が言う。