「Aちゃん」

 それから数分後、優しく揺り起こされた。

「んー」

 いままで寝ていましたよ、を装って、私はゆっくりと身体を起こした。
 目覚めたばかりにしてはやけにはっきりとした視界の中で、颯馬くんと目が合う。
 
「ここ、少し赤くなってる」

 伸びてきた長い手が私のおでこを軽くさすった。近付いた顔面偏差値MAXの笑みにバクバクと心臓が鳴る。

「そ、そのうち直るよ」

 私をドキドキさせるためにわざとやってるんだと思うけど、最近の颯馬くんは近い。

「これ、読んでみたけど、まだまだだね」

 で、書きかけの小説を読んで意地悪な顔もする。

「仕方ないでしょ。やっと何が書きたいのか分かってきたくらいなんだから」

 書き方が分かって、お姉ちゃんが書きたかったであろうストーリーを予測して、いまここだ。

「楽しみにしてるね」

 それだけ言って立ち上がる颯馬くん。

「え? 行っちゃうの?」

 もう帰るみたいで、びっくりする。
 だって、いま来たばっかりだし、何も話してないし。

「ちょっと用事があるから」

 幽霊にも用事ってあるのかな、って思う。
 いつもなら途中まで一緒に帰ろうと言うのに、手を振って、もうあんなに遠くまで行ってしまった。
 すぐに姿が見えなくなる。

 今日は自分でメイクとか頑張ってみたのに、何も言ってくれなかった。