「でも、ここは一個だけにしような」

 嘘の見栄を張ろうとしたら、急に伸びてきた颯馬くんの手に第二ボタンを閉められた。
 喉がヒュッと鳴りそうになる。

 顔が近い……! アイドル級に顔面が凶器……!

「あ、ごめん、びっくりした?」
「んん……!」

 至近距離から顔を覗き込まれて、私は勢いよく左右にぶんぶんと顔を振った。
 ぜ、ぜんぜん、びっくりも何もしてませんよ、の意だ。

「大丈夫? 顔赤いけど」

 そっと両頬を両手で包まれて、ぶわわっと顔が熱くなる。

 ――心配っていうか、私の反応をちょっと面白がってますよね? それ!

「大丈夫! ほんとに、ただびっくりしただけ! み、みんな見てるから、早く行こ!」

 本当、こんなところで何やってくれてるの、と思う。
 私は颯馬くんの手から抜け出して、先を歩き出した。

 ――私の心臓うるさいなぁ、もう……。

 お姉ちゃんと別人だと思うことにしてから、なんだか私からの見え方も少し変わった。
 キラキラしてる、かっこいい、ドキドキする。
 これは別に好きとかじゃないと思う、絶対に。
 ただ、男の子とあまり話したことがないから慣れてなくて緊張してるだけ。

「……本読んだ」

 隣を歩き出した颯馬くんに私はぼそりと言った。
 借りた本『君だけが許してくれた僕』の話だ。

「どうだった?」

 興味津々という感じで颯馬くんが尋ねてくる。