「えっと、おじゃまします」
そして翌日、私は青山君のお家にお邪魔することになった。
昨日誘われた段階ですでにドキドキしてしまっていたから、青山君の家に着くまでに心を落ち着かせようと思ったんだけど、翌日には青山君が家までお迎えに来てくれたので、心を落ち着かせることなどできなかった。
紳士的過ぎる青山君にリードされながら、気づけば青山君の家に着いてしまった。
うぅ、ずっと胸がどきどきしてる。
青山君は、青山君のおじいちゃんが昔住んでいた家に、お姉さんと二人暮らしをしているらしい。
なんか『龍脈』の関係で神社に住む必要があって、お姉さんと二人暮らしをしているらしい。
『龍脈』っていうのは、大地のエネルギーが通る所みたいで、竜神にとっては重要とのこと。
……まさか、ここがそんな所だったなんて。
ここ、昔お祭りやってたから来たことたことあるよ、私。
当時はそんなこと全然気にしなかったけど、そんなすごい場所だったんだ、ここって。
でも、今はそんなことよりも、考えなければならないことがあった。
お姉さんと二人暮らしということは、今日青山君のお姉さんとも顔を合わせるってことだ。
どうしよう、さらに緊張してきた……。
青山君が家の扉を開けてくれて、玄関で靴を脱いで家の中に上がろうとしたとき、廊下の奥の方で青い長い髪をした女の人が、頭だけひょこんと出してこちらを覗いていた。
「へー、葵が女の子連れ込んでる」
……目元が青山君そっくりかも。
ちらっと隣を見てみると、青山君は少し呆れたような顔をその女の人に向けていた。
「姉さん、連れ込むとかそんなんじゃないって」
「いや、事実として連れ込んでるじゃん。それにしても、可愛い子だねー。葵、うかうかしていると、すぐに誰かに取られちゃうぞ」
にやにやとした笑みを青山君に向けているのは、青山君のお姉さんだった。
青山君、お姉さんとはこんな感じなんだ。
からかわれた青山君は、何か言い返そうとしていたけど、私をちらりと確認して言葉を呑み込んでいた。
普段だったら、何か言い返しているのかな?
なんだろう、こういう青山君も可愛いかも。
っと、そんなこと考えてる場合じゃないよね。
「お姉さん、初めまして。神崎花音って言います」
「初めまして。葵の姉の椿ですっ。そっかぁ、この子が私の妹になるのかぁ」
「い、妹?」
「結婚したら妹でしょ?今からお姉ちゃんって、呼んでくれてもいいのよ」
おどけるような表情でそんなこと言われて、私は一気に顔を熱くさせてしまった。そして、そんな照れるような私を見ながら、お姉さんはなぜかうっとりしていた。
け、結婚?!
まだお付き合いとかもしていないのに、そんなこと言われても……。
ま、まだって別に将来的にそうなりたいとかじゃなくてっ、そのっ。
「姉さん。神崎が困ってるだろ」
私が返答に困って一人でわたわたとしていると、青山君が私とお姉さんの間に入って、助けてくれた。
「神崎ごめんな。姉さん人をからかうところあるんだよ」
「ううん、大丈夫だよ。面白いお姉さんで羨ましいかも」
「花音ちゃんめっちゃいい子じゃん! 花音ちゃん、おいでおいで! こっちでお姉ちゃんと一緒にお茶飲もうね」
「あっ、はい!」
顔だけひょっこりと出していたお姉さんは、そのまま体もぴょこんと出してきて、私に笑顔で手招きをしてくれた。
本来の目的もあるんだけど、その前に少しお姉さんとお話ししても問題ないよね?
「それじゃあ、お茶飲みながら少し話そうか」
青山君もお姉さんの提案を断らなかったので、私達はそのままリビングの方で少しお茶を飲むことにしたのだった。
それからお茶飲んで本題へ。
「それで、今日は花音ちゃんの体に魔力を通すことになったんだ」
「緑川先輩と話した結果、それが一番いいんじゃないかってなってね」
「なるほどねぇ。……この膨大な魔力を通すのか」
今日青山君の家に来たのは、私に少しでも魔力の耐性をつけることが目的だった。
昨日『魔力酔い』をしてしまった私のために、青山君と緑川先輩が色々と話し合って、そんな案を考えてくれたらしい。
緑川先輩が保健室で言っていた対策。それを早くも考えてくれたみたいだった。
私の体に魔力を流すことができれば、多少魔力を当てられても酔うことはないんじゃないかってことらしい。
要するに、魔力に慣れればいいってこと。
未だに魔力があるなんて信じられないけど、魔力を使えるようになったらアニメみたいな魔法も使えるようになるんじゃないかなって、少しだけ期待していたりもする。
「あの、お姉さんから見ても、私の魔力って大きいんですか?」
「大きいって言葉じゃ足りないくらいには、大きいね」
「そ、そんなにですか」
そんなに大きいなら、少しでも使えるようすれば今後役立てられるかもしれない。
少しでも青山君たちの負担も減らせたら嬉しいかも。
「それじゃあ、そろそろ始めようか」
「う、うん、分かった。えっと、ここでするの?」
「魔法を使う訳じゃないし、ここで平気だよ。神崎、ちょっとこっちに座って」
お茶を飲んでいたテーブルから少し離れて、青山君は私に手招きをしてきた。
私は青山君に呼ばれて、青山君のすぐそばにぺたんと座り込むと、青山君は私の後ろに回って片膝を立てて座った。
「少し背中触るよ」
「うん」
青山君はそう言うと、私の背中に優しく触れてきた。
服越しに伝わる青山君の体温を感じながら、青山君に触れられている所が少しだけ熱くなってきた気がした。
「神崎、今少しだけ魔力送ってるの分かる?」
「なんか、生暖かいホッカイロを貼られてる感じ」
「ふふっ、ホッカイロか。面白い例えするね」
心地よいような温かさが体の中に入ってくると思って、そんなふうに言ったんだけど、青山君は私の表現が面白かったのか、小さく笑っていた。
そして、そのじんわりとした温かさがゆっくりと体に広がっていくのを感じていると、不意に青山君が私の背中に体をくっ付けてきた。
右手は背中に置いたままで、全身でその温かさを私に伝えるように。
「そしたら、それを全身にゆっくり伝えるようにしてみて。……ゆっくり」
「え、あ、青山君?」
突然後ろからぴたりと体をくっつかれてしまって、私はわたわたとしながら、一気に緊張してしまった。
あ、青山君がすぐ近くに?!
「ちょっ、神崎。そんなに一気に魔力膨らませたらーー」
次の瞬間、胸の奥の方がドクンと大きく跳ねて、全身に静電気みたいなのが走った。
「――っ」
あ、あれ?
そして、ふと体の力が抜けて、私はそのまま床に倒れてしまった。
「神崎?!」
「花音ちゃん?!」
青山君とお姉さんの声を遠くに聞きながら、私はそのまま意識が遠くなっていくのを感じた。

「……あれ?」
目を覚ますと、そこには知らない天井が広がっていた。
知らないベッドの上で横になっているのに、そのベッドとか枕の匂いは知っていて、私は少しだけ布団の匂いを嗅いでみた。
「すんすんっ……青山君?」
「神崎、ごめん」
「え? あ、青山君?!」
嗅いだことのある匂いだと思って、その匂いが何かを当てようとして、一人で呟いたつもりだった。
それなのに、まさかすぐ近くに青山君がいるとは思わなくて、私は動揺を隠せないでいた。
「神崎?」
「え、えっと、ここはどこ、なのかな?」
「俺の部屋だけど?」
青山君は当たり前のことを言うみたいにそう言うと、首を傾げていた。
えっ、ていうことは、今私が横になっているのって普段青山君が使ってるベッドってこと?
その布団の匂いまで嗅いじゃって……す、凄い恥ずかしいんだけど、私?!
「あ、あれ? 私なんで青山君のベッドで寝てるの?」
「さっき魔力を体に通す練習をしていたら、神崎がそのまま気を失っちゃってさ」
「気を失って……あ、そういえば、そんな感じだった」
なんか体に電気みたいなのが走ったと思ったら、そのまま体の力が抜けちゃったんだっけ?
そういえば、なんか体がずっとホカホカしてる気がしないこともない?
「手順自体は間違ってないと思ったんだけど、神崎の中にある魔力の大きさを把握できてなかったかもしれない。怖かったよな、ごめん」
「そ、そんなの平気だよ。私が上手くできなったのが問題なんだし」
青山君は本気で謝罪するみたいに、私に頭を下げてくれていた。
一瞬であやかしを倒しちゃうような青山君がミスをするはずがないし、私のミスに決まっている。
でも、私がどれだけそう言っても、青山君は頭を上げようとしなかった。
どうしようと思っていると、私達のやり取りを見ていたお姉さんが、当たり前のことを言うみたいに口を開いた。
「葵が急に花音ちゃんにくっついたからでしょ?」
「え、でも、触れてる面積を広くした方が、魔力の流れを感じるだろ?」
「急にくっつかれたら驚くでしょ。感情が揺れれば、それだけ魔力も制御するのは難しくなるし」
お姉さんはジトっとした目を青山君に向けていた。
お姉さんには私が青山君にくっつかれて、どきどきしていたことがバレてたみたいで、私は急に恥ずかしくなってきてしまった。
私は咄嗟に布団で顔を隠して、顔が熱くなりそうなのを隠したんだけど、青山君はそんな私の反応を見て、なんか誤解してそうだった。
「そうだよな。神崎、ごめん。急にあんなことされて、嫌だったよな?」
「別に、青山君にくっつかれるのが嫌だったとかじゃないよっ」
「……え?」
「あ、ちがっ、違くてっ、えっと」
くっつかれるのが嫌じゃないとか、なんかもっとして欲しそうに思われそうだし、そうだけど、そうじゃなくてっ!
「と、とにかく、魔力の練習再開しよ! 少し休ませてもらったし、今からでもまだ私できるから!」
「ダメに決まっているでしょ。さっきので神経が敏感になっているんだから、今日は絶対に安静だからね」
私がベッドから下りてやる気を見せると、お姉さんからストップをかけられてしまった。
「え、そうなんですか?」
「まぁ、まだ自分だと分からないかもね」
神経が敏感?
さっき少し練習しただけで、そんなことになってるの?
いつもと何も変わらないような気がするんだけど、お姉さんから見ると今の状態は普通じゃないみたい。
どうしよう、せっかく教われそうだったのに。
お風呂上りとかに一人で少し練習でもしてみーー
「……帰ってから一人で練習したりしちゃダメだからね」
「し、しませんよ?」
「本当かな?」
お姉さんにジトっとした目を向けられちゃって、私は誤魔化すようにその目から視線を逸らした。
だって、ただでさえ迷惑かけてるんだから、少しでも頑張らないとって思うし。
「……葵。明日は今日の償いで、花音ちゃんにケーキでも食べさせてきてあげなさい」
「え、いえ、そんな悪いですよ」
「ついでに、勝手に練習してないかも確認させるからね。下手に練習なんかしたら、その疲れが残って、明日葵にバレちゃうからね」
お姉さんはそう言うと、にやりと口元を緩めた。
なんか私の考えていることがバレてる気がした。
「神崎。姉さんもこう言ってるし、どうかな?」
「いや、本当に気にしないでい大丈夫だよ? 神経? とかも一日寝れば治るだろうし! そんな償いなんて気にしないで」
「神崎が嫌じゃなければ、償わせて欲しいんだけど」
「い、嫌なんてことはないけど」
甘い物を青山君と食べに行けるなら、断る女の子はいないと思う。
だって、休日に一緒に甘い物を食べに行くなんて、デートみたいだし憧れはある。
けど、私の力不足だったのに、青山君に気を遣わせるのも悪いような気がするなぁ。
「それに、葵の明日の状態も確認したいしね」
「うぅ、もしかして、私って信用ない?」
「信用がないっていうよりも、俺が心配なんだ。ダメかな?」
「……分かった」
さすがに、青山君にここまで言われてしまっては断ることもできず、私は明日青山君と街中に出かけることになったのだった。
ちらりとお姉さんの方を見ると、意味ありげにウインクをされてしまったし、多分お姉さんは確信犯だ。
どうしよう、今から緊張してきちゃったんだけど。