「さて、どういうことか話してもらおうか葵」
場所は変わって生徒会室。
空き教室で青山君と話していたら、そこに現れた『パレット』のメンバーによって、私たちは生徒会室に連れ込まれてしまった。
「あの、私生徒会の部外者なんですけど、ここにいていいんですかね?」
「問題ない。すぐに部外者ではなくなるからな」
緑川先輩にそう言われた私は、高そうなティーカップに入っている紅茶まで用意されてしまって、簡単には帰してもらえなくなっていた。
どうしてこんなことに……。
私達の正面に座るのは赤司君と緑川先輩と浅黄君。黒羽先輩は少し離れた所で、何かの書類に目を通しているみたいだった。
「まさかとは思うが、もう契約していたりしないよな?」
「してないよ。言ってるだろ? 神崎に光の女神の魂があるって気づいたのは、今朝だって」
契約? 何の話だろ?
私と関係のないことかなと思って紅茶を飲んでいると、赤司君が急に私の方に凄い勢いで振り向いてきた。
「じゃあ、俺と契約してくれ! 頼む!!」
まさか突然話を振られると思っていなかったので、私は少し驚いて紅茶を溢しそうになってしまった。
なんとか紅茶を溢さずに堪えたんだけど、ちらりと視線を向けた先にいた赤司君は身を乗り出していた。
「け、契約って何のことかな?」
「はぁ?! いや、だから竜神との契約――」
「落ち着け、赤司」
「ぐえっ!」
隣にいた緑川先輩が赤司君のワイシャツの襟を持って強く引くと、赤司君は首を絞められたみたいになりながら、無理やりソファーに戻されてしまった。
赤司君のことあんな雑な扱いするんだと思って緑川先輩を見ていると、緑川先輩は青山君の方を見て言葉を続けた。
「光の女神を見つけながら、青山はすぐに契約をしなかった。何か理由があるんだろ?」
「はい。神崎はまだ魔力を使えないと思います。その存在にすら気づいてないんですよ。この状態で竜神と契約なんかしたら、体がもたないと思うので」
青山君は私をちらりと見た後、そんな言葉を緑川先輩に言っていた。
先輩相手でも、きちんと言いたいことをはっきり言えるなんてさすがだなぁと思っていると、何か引っかかる言葉を言われたことに気がついた。
私はまだ魔力を使えないって言ってた?
え、すでに私に魔力があるみたいな感じの言い方じゃない?
「……」
そんなことを考えて周りを見てみると、青山君以外の『パレット』のメンバーがみんなぽかんと私のことを見ていた。
まるで、信じられないものを見ているみたいに。
「え? 私にも魔力があるの?」
「あるのって、それだけの魔力があるのに分からないのか?」
赤司君はさっきまでの勢いはどこへいったのか、私の言葉を受けて信じられないみたいに口を開けたままになっていた。
「そんなに多いの? 全然分かんないんだけど」
「まじか。嘘だろ」
「まぁ、葵君の話が本当なら、今日目覚めたんだもんね。仕方ないよ」
浅黄君はうな垂れそうな赤司君の様子を横で見ながら、にこにこと笑みを浮かべていた。
親しみのあるような笑みを向けられて、私は少しだけ緊張がほぐされたような気がした。
「神崎さん、話すのは初めましてだよね? 自己紹介とかした方がいいかな?」
「ううん。大丈夫。『パレット』のみんなは有名人だから」
多分、この学校で『パレット』のことを知らない人たちはいないんじゃないかな?
それくらい人気者だし、男女ともに名前までしっかりと認識されている。だから、自己紹介をされなくても、全員の名前と顔は一致している。
「有名人って、別に俺たち生徒会にいるだけで何かしたわけじゃないぞ?」
「昔、竜神は人が崇める対象だったんだ。注目されるのは仕方がないことだ」
赤司君はみんなに知られているのがあんまり嬉しくないのか、少しだけ不貞腐れていた。
それを宥めるように緑川先輩が声をかけているみたいだけど、崇める対象だからとかではない気がする。
多分、みんながかっこいいから注目してるんだと思うけど、あんまり自覚ないのかな?
「神崎」
「青山君?」
私がそんなふうに二人を見ていると、隣にいる青山君が私の名前を呼んできた。
「俺たちの名前は知っていても、俺たちがどんな竜神かは知らないだろ? 今後のことを考えても、知っておいていいかもしれないよ?」
「どんな竜神? 竜神さんにも種類があるの?」
竜の神様なのかなーっていう軽い認識だったんだけど、そこに種類なんてあるんだ。
何気なくそんな言葉を口にすると、赤司君に分かりやすいため息を吐かれてしまった。
もしかして、よほど変なことを言っちゃったのかな?
「葵……お前全く説明してないのかよ」
「しようとしたよ。そこに琉火たちが来て、俺たちを生徒会室に連れ込んだんだろ?」
呆れるような顔を向けられた青山君は、不満げな顔を赤司君に向けていた。
さすがに思うところがあったのか、そんな顔を向けられた赤司君は咳ばらいを一つした後、言葉を続けた。
「どこまで話したんだよ?」
「光の女神の存在と、五竜が光の女神の護衛をする存在って所までかな。ねぇ、神崎」
「え? あっ、うん」
ちらりと私に向けられた青山君からの視線を受けて、私は小さく頷いてみせた。
私がこくんと頷いたのを見て、赤司君は納得したみたいだった。
『俺以外の五竜のことは、あんまり信用しない方がいい』
私に言った青山君の言葉。あのことについては、秘密ってことなのかな?
青山君が言わなかったってことは、表だっては言わない方がいいってことだよね?
でも、みんな光の女神を守る人たちなんだよね?
それなのに、なんで信用しちゃダメなんだろ?
「じゃあ、とりあえず、自己紹介でもしておくか」
その理由について分からないまま、赤司君は頭を少しかいてから私の方に視線を向けてきた。
そして、いつもの少しワイルドな感じでソファーにもたれながら、赤司君は言葉を続けた。
「俺は一年の赤司琉火。『攻撃』に特化した赤竜だ。生徒会の役職は庶務ってことになってる」
「同じく一年、浅黄陽月。『スピード』に特化した黄竜だね。生徒会の書記担当。よろしくね」
「えっと、二人ともよろしくお願いします。みんな何かに特化した竜神さんなのかな?」
私が小首を傾げていると、青山君が私に優しい笑みを向けていた。
「うん、みんな得意なことがあるって感じかな。ちなみに、俺は『防御』に特化した青竜って感じ。生徒会では会計担当なんだ」
「青山君って、守るのが得意なんだ」
確かに、普段教室で見る青山君の優しさを見ると、攻撃とかが得意な感じはしないかも。なんかイメージ通りで、少しだけ安心した。
「自己紹介の続きいいか? 俺は二年の緑川葉也斗だ。『回復』に特化した緑竜。生徒会副会長だ」
「…………黒羽夜空。『破壊』に特化している。生徒会長だ」
緑川先輩、最後に少し時間を置いて黒羽先輩の自己紹介が終わったと思ったら、みんなの視線が私に向けられていたことに気がついた。
何だろうと思ってみたけど、そういえば私のことは青山君しか知らなかったんだと思って、私は少し慌てながら自己紹介をすることにした。
「一年で青山君と同じクラスの神崎花音です! えっと、光の女神の魂が宿ったって言われてます。よ、よろしくお願いします!」
私がそう言うと、青山君と浅黄君が拍手をしてくれた。それに後押しされる形で『パレット』のみんなから拍手をしてもらって、私はなんか少しだけ照れ臭くなってしまった。
「今日は自己紹介だけにして、神崎を家に帰してあげたいんですけど、いいですか?」
「は? いや、まだほとんどなにも話せてないだろ?」
「そうだけど、神崎も色々聞かされて頭パンクしそうだろ?」
「うん。正直、一旦整理したい気持ちもあるかも」
青山君に言われて気づいたけど、確かに知らない単語と知らない世界を知らされて、少し頭の中がこんがらがっていた。
もしかしたら、青山君は私が疲れているのを感じ取ってくれたのかもしれない。
私を気遣ってくれた青山君の言葉に乗るようにそう言うと、青山君はまた私に優しく微笑んでくれた。
「そうなると、誰が送っていくんだよ?」
「送る? え、私一人で帰れるよ?」
「ダメだ。あやかしにいつ襲われるのか分からないんだから、最低でも一人は付いてないとだろ」
私が軽い気持ちでそんなことを言うと、赤司君に睨まれてしまった。
そうだった。私には今日から特別な力があって、それをあやかしに狙われるかもしれないって言われたばかりだったんだ。
「それなら、俺に任せて欲しい」
私がそんなことを考えていると、隣にいた青山君が小さく手を上げて自ら私の護衛を買って出てくれた。
あれ? もしかして、これって青山君と二人で下校する感じになってる?
「まてよ。そう簡単に決められるわけないだろ。あんなことがあったんだから」
決まりかけた案だったんだけど、そんな青山君の案は赤司君によってすぐに却下されてしまった。
さっきまで私に向けていたのと同じくらい、睨んだような目つき。それを青山君に向けていた。
どうしたらいいのか分からずにいると、二人のやり取りを見ていた緑川さんが、顎に手を当てて何かを考えていた。
そして、考えがまとまったのか小さく手を叩くと、ゆっくりと口を開いた。
「いや、ここは青山に任せよう」
「緑川さん?」
「光の女神様を始末したかったのなら、わざわざ空き教室で説明なんかしないだろ?そう考えると、一番候補者から遠いのは青山だということが言えるはずだ」
始末? 候補者?
な、なんだろう。多分、私に関係のある話をしているはずなんだけど、まったく思い当たる節がない。
まだ私に話してくれてないことで、結構重大なことがあったりするのかな?
なんか結構物騒な話をしてる気がするんだけど、大丈夫だよね?
「そ、そうだけど、緑川さんはそれでいいんすか?」
「むしろ適任じゃないかな? 花音ちゃんも今日会ったばかりの僕たちよりも、葵君の方がいいでしょ?」
「陽月。おまえも……」
何か言いたそうな様子の赤司君だったけど、二人に言われてしまってただ口をつぐんでしまっていた。
確かに、今日話したばかりの男の子たちよりも、青山君の方が気持ちも楽かも。
「う、うん。青山君だと、嬉しいかも」
「神崎……そう言ってもらえて、俺も嬉しいよ」
青山君に教室で見るような優しい笑顔を向けられて、私は少しだけ嬉しくなって口元を緩めてしまっていた。
「分かったよ。そういうことなら、葵に任せる」
最後に折れる形で、赤司君も納得したみたいで、今日はこのまま解散することになったのだった。
「……」
生徒会室を出るとき、黒羽先輩がこっちを見た気がして気になったけど、気のせいだよね?
あんまり私に興味さそうだったし、偶然目が合っただけだと思う。
「神崎、早く」
「あっ、うん」
こうして、私は青山君と二人きりで下校することになったのだった。
変なことに巻き込まれているはずなのに、青山君の優しい笑顔を向けられると安心してしまうのは、なんでだろう?
そんなことを考えながら。

神崎君と二人っきりで家に帰っている帰り道。
男の子と二人で帰るなんて初めてで、私は変に緊張してしまっていた。
だって、同じ学校の子ってだけじゃなくて、あの人気者の青山君と一緒に帰っているのだ。
青山君の姿を見た人たちがみんな振り返るもんだから、隣にいる私も必要以上に見られてしまっているし、緊張しない方が無理だ!
「青山君って、いつもこんなにみんなから見られてるの?」
「え、どうだろ? いつもと変わらない気がするけど」
学校でもあれだけ女の子が夢中になるんだから、外でも同じ感じになるよね。
これだけ色んな人に見られながら堂々と歩いているの、やっぱりすごなぁ。
「やっぱり、青山君って目立つんだね」
「……神崎は俺と一緒にいる所、誰かに見られるの嫌?」
「嫌じゃないよ! 嫌じゃないんだけど……恥ずかしいのは、あるかな?」
私みたいなのが隣を歩いていいのかって思うと、やっぱり恥ずかしくもなってくる。
私が少しだけ後ろに行こうとしても、すぐに歩幅を合わせられてしまうから、結局並ぶ形になってしまうし。
それを誰か知り合いに見られて、青山君の評価が落ちなければいいんだけど。
「なんか、色々と不思議な感じがする」
「光の女神のこと?」
「それもあるけど、それ以外もあるというか。あっ、そういえば、契約って何のこと?」
赤司君が凄い必死になっていたし、何か重要なことのような気がするし、重要なことなら私も知っておいた方がいいよね?
そう思って聞いてみたんだけど、青山君は少しだけ表情を暗くしていた。
「青山君?もしかして、話しづらいことだったりしたかな?」
「いや、そういうわけでもない……こともないか」
青山君の表情が陰った様子を少し心配に思いながら、私は静かに青山君の言葉を待った。
それから少しして、青山君は私の顔を見て静かに言葉を続けた。
「脅えないで聞いて欲しいんだけどね。光の女神様は殺されたんだよ、五竜のうちの誰かに」
「え?」
私は思いもしなかった言葉を受けて、歩いていた足を止めてしまった。
「信じられない?」
「う、うん。だって、みんな光の女神様を守る存在だったんでしょ?」
「そうだよ。だからこそ、他の竜神たちも気づかなかったらしい。五竜のうち、誰がそんなことをしたのかも分からないんだ」
「え? 犯人が見つかってないってこと?」
「そうなるね。でも、五竜の中に裏切り者がいるって言うのは確かなんだ」
許せないみたいに目つきを険しくした青山君の表情を見て、その事件が青山君にとってもよくない事件だったことはすぐに分かった。
それと、さっきの赤司君の言葉の意味が少しだけ分かった。
『まてよ。そう簡単に決められるわけないだろ。あんなことがあったんだから』
あの時は何を言っているのか分からなかったけど、赤司君は青山君のことも疑っているんだ。
ううん。もしかしたら、自分以外の全員を疑っている可能性だってある。
『パレット』のメンバーって、仲が悪い印象は全くなかったんだけど、見えない所で互いにどころか疑い合っているのかもしれない。
「あっ、でも、安心して欲しい。青竜は絶対にそんなことはしてない。神崎のことも、絶対に守るから」
「うん、ありがとう。大丈夫だよ、青山君のことを疑ったりはしないから」
青山君はもしかしたら、自分も疑われてしまうと思ったのか、少し慌てて訂正するみたいにそんなことを言っていた。
あの優しい青山君が人を裏切ったりするわけがないし、私に変なことをする気がないのは分かってる。
それに、その気があったら、私に説明したりもしないしね。
「……神崎」
私が笑顔を向けると、青山君は少し照れるように顔を赤くしてしまっていた。
「青山君?」
「いきなりそんな笑顔見せられると、少し照れる」
「?」
なんで私の笑顔を見て青山君が照れるんだろ?
よく分らなくてきょとんと首を傾げてみても、全然正解が分からなかった。
「っ! 神崎!」
次の瞬間、青山君の緊張したような声が響いた。
私が驚くよりも早く、私は青山君に強く引き寄せられてしまった。
すっぽりとハマってしまった青山君の胸の中で、私は突然の事態と近すぎる青山君との距離間に動揺を隠せなかった。
「あ、あああ、青山君?!」
「動かないで、神崎」
青山君は真剣な声でそう言うと、そっと手のひらを正面に向けていた。
青山君の手のひらの先を見てみると、そこには壊れた透明なビニール傘が立っていた。
え? ビニール傘が立ってる?!
足とかが生えているわけではないんだけど、傘の柄の部分を器用に使って立ってくるくると回っていた。
「あ、青山君。あれ何? 何かのマジック?」
「マジックにしては、威力ありすぎると思わない? 後ろ見える?」
「後ろ?」
青山君に言われて振り返ると、さっきまで私が立っていたアスファルトに、小さくえぐれたような跡があった。
何か小さくて硬い物を凄い速さでぶつけたみたいな跡。
もしかして、青山君が手を引いてくれなかったら、今頃私は……。
「か、神崎。ちょっと、強く抱きつき過ぎ」
「え? あ、ご、ごめんっ」
私は起こったかもしれない未来を考えてしまって、青山君に強く抱きついてしまっていた。
だ、だって、怖かったんだもん!!
あんなのが足に当たったら、怪我じゃすまないような気がして、私は青山君に助けを求めるように強く掴まっていた。
そして、指摘されても、結局その手を緩めることができなかった。
「大丈夫、すぐに終わるから」
青山君は一瞬優しい笑みを私に向けた後、そのビニール傘に向けていた手のひらから青色の炎を出した。
めらめらと揺れる青い炎。
教室で見たときのとは少し違って見えて、私は恐怖心を抱きながらも、その炎の色に見惚れていた。
「はっ!」
青山君の掛け声に合わせるように、その青い炎は勢いよく飛んでいって、そのまま普通じゃないビニール傘に命中した。
そして、その青い炎は当たったビニール傘の全身を包んで一気に燃やし尽くした後、そっと消えていった。
「……すごい」
「あれが『あやかし』だね。人間界に残った魔力がビニール傘に宿ったものだよ」
「青山君、すごいんだね」
「え? あ、すごいって俺のこと?」
青山君は一瞬、私がさっきのあやかしをすごいと思っていたみたいで、私の言葉を意外そうな顔で受け止めていた。
あんな怖いあやかしにすぐに立ち向かって、一撃で倒しちゃうなんて凄いなんて言葉じゃ表現できないかも。
「もしかして、青山君ってかなり強い?」
「まぁ、竜神だからね。あやかし程度に負けたりはしないよ」
「やっぱり、すごい強いんだ」
「何があっても俺が守るから、安心して」
青山君はそう言うと、そっと私の腰に手を回してそのまま抱きしめてくれた。
大胆過ぎる行動に驚きながら、私は自分の指の先が微かに震えていたことに気がついた。
頭では青山君が守ってくれるって分かっていながら、まだ体は少し怖いみたい。
「……青山君」
だから、少しだけ大胆だと思いながら、私は青山君に少しだけ甘えることにした。
抱きしめられてどきどきしながら、そのどきどきが恐怖心を和らげてくれる気がして、私は青山君の背中に手を回した。
もう少しだけ、いいよね?
恐怖心を言い訳にして、私は少しだけ長く青山君に抱きついてしまった。
「明日迎えにいくから、一人で学校とか行かないでね」
「……うん」
こうして、明日の朝も一緒に登校することを約束して、私は家まで青山君に送ってもらって帰宅したのだった。