私の名前は神崎花音(かんざきかのん)。どこにでもいる普通の中学一年生。
友達がたくさんいるわけじゃないけど、仲の良い友達と楽しく学園生活を送っている。
「花音おはよー。おー、朝から可愛い顔しおってー」
「ゆ、雪ちゃん。朝から抱きついてこないでよぉ」
朝学校に登校して席に座るなり、小柄な友達の雪ちゃんが私に抱きついてから、流れるように私の膝の上に座ってきた。
「私じゃなくて、雪ちゃんの方が小さくて可愛いでしょ?」
「私のは子供みたいで可愛いって意味じゃん。女の子としての可愛さじゃないのだよ。はぁ、美少女の膝の上は特等席だー」
「美少女って、私そんなんじゃないよ」
雪ちゃんはそんなことを言うと、私の膝の上で一息ついてしまっていた。
私は学校の友達から目が大きいとか、まつ毛長いねとか言われるけど、私からしたら全然そんな意識はない。
自分の顔って、昔からずっと見てきたから、よく分らないんだよね。
「ほら、雪ちゃんの方がほっぺも柔らかくて可愛いよ」
「いやね、私の可愛いは女子としてではないんだよ」
私が膝上に乗っている雪ちゃんの頬を突くと、雪ちゃんはぶすっとして不満げな顔を向けてきた。
そんなやり取りとしていると、急に廊下の方が騒がしくなってきた。
聞こえるのは女の子の興奮したような声。
私はちらりと時計を確認して、その騒ぎが何であるのか察しがついてしまった。
この時間帯に、これだけの歓声ってことは……。
その歓声が徐々に私達の教室に近づいてきて、ふと教室の扉の奥から青色のさらりとした髪が見えた。
「おはよう、葵君!」
「葵、おはよう!」
「青山君! お、おはよう!!」
廊下にいる女子達の視線を一身で浴びながら、青山葵(あおやまあおい)君が教室に入ってきた。
かっこよくて背が高くて、勉強もスポーツもできて、どんな子に対しても優しい女の子達の憧れの存在。
絵に描いたような王子様みたいな男の子。
多分、私だけじゃなくて、この学校の女の子は同じことを考えていると思う。
クラスでは常に中心にいて、男子女子問わず青山君に朝の挨拶をするのが、朝の恒例行事になっているくらいだし。
でも、そんなにイケメンな男の子に挨拶できるほど、私は男の子に慣れてなくて、いつも私から挨拶をすることができない。
つい照れるように目を伏せてしまって、雪ちゃんの背中とにらめっこをしてしまっていると、足音が少しずつこっちに近づいてきた。
「おはよう。神崎、冬野」
「あっ、お、おはよう、青山君」
「おはよう、青山君」
顔を上げると、そこには優しい笑顔をこちらに向けている青山君の顔があった。
ぱちりと目が合っただけで、少し心臓がどきどきしちゃって、私は誤魔化すみたいにすぐに視線を逸らしてしまった。
ちなみに、冬野っていうのは雪ちゃんの名字だ。
青山君は私達に挨拶をした後、そのまま自分の席の方に歩いていった。
うぅ、いつも挨拶してくれるのに、また私から挨拶できなかったぁ。
「ほら、あの青山君が気にしてくれるくらいなんだから、花音はもっと自分の容姿に自信を持ちなって」
「青山君が気にしてる?」
「ん? もしかして、気づいてないの?」
「なにが?」
私がきょとんと小首を傾げると、雪ちゃんは呆れるような顔をしながらため息を吐いた。
あれ? 私、なにか変なこと言ったかな?
「青山君、ずっと花音のこと気にしてるでしょ?」
「それは、たまたま席に行くまでの道に私がいるからでしょ?」
「いや、少しだけ遠回りしてるでしょ、青山君」
「え?」
そう言われて、青山君の席を確認してみると、確かにわざわざ私達の前を通らなくても、青山君の席に向かえるような気がする。
あれ? 本当に少しだけ遠回りしてる?。
「青山君、報われないなあ」
「で、でも、それだけじゃなんとも言えないでしょ?!」
「えー、よくこっち見てるし、絶対に気があると思うけどなぁ。すごいぁ、『パレット』のメンバーの彼女候補って訳だ」
「そ、そんなんじゃないってば」
私をからかう雪ちゃんの顔をぶちゅっと両手で潰して、私はそんなことを言ってきた雪ちゃんの口を強引に閉じさせた。
女子から大人気の生徒会メンバー。髪色と名前が色鮮やかなことから、みんなに『パレット』って呼ばれている。
みんなからアイドルみたいに人気があるから、そんなグループ名が付けられているのだ。
そんな女の子の憧れの『パレット』のメンバーには、青山君も含まれている。
青山君はただかっこよくて何でもできるだけじゃなくて、学校を統括する生徒会にまで入っているのだ。
そんなことを考えていると、また廊下の方で女の子達の歓声が上がっていた。
「また歓声が盛り上がってきたね。他の『パレット』のメンバーもいるのかも。……見に行こうか、花音」
「え、雪ちゃん?」
雪ちゃんは私の膝から下りるなり、私の手を取って走り出してしまった。
一緒に廊下に出ると、聞こえていた声援はより大きく聞こえて、そこにいる女の子達がメロメロになっているのが分かった。
「ほら、やっぱり『パレット』のメンバーだ」
「ほ、本当だ」
私達の目の前の昇降口付近。生徒会『パレット』のメンバーがそこにいた。
私達と同学年の赤司琉火(あかしるか)君と、浅黄陽月(あさぎはるき)君。
赤司君は赤い髪色をしていて、ワイルドな感じ。ちょっとヤンキーみたいに見えて怖いけど、そこが好きな子もいるみたい。
浅黄君は黄色の髪をしていて、可愛い系の男の子。女子にも優しいらしくて、親しみやすい感じが人気みたい。
「ヤンキー系の赤司君、王子様系の青山君、可愛い系の浅黄君。そのうち一人を引き当てた我らクラスは恵まれてるねぇ」
「引き当てたって、その言い方はよくない気がするけど……」
「あ、先輩達も一緒みたいだね」
雪ちゃんに言われて目を向けてみると、他の『パレット』のメンバーである緑川葉也斗(みどりかわはやと)先輩と、黒羽夜空(くろはよぞら)先輩の姿もあった。
緑川先輩は緑の髪をしていて、知的な眼鏡が良く似合っている先輩。生徒会の副会長をしていて、二年生なのに三年生に混ざって受けた模試で全国一位を取ったとかで、憧れの存在っていう感じ。
黒羽夜空先輩は綺麗な黒髪をしていて、クールな印象を受ける三年生の先輩。生徒会の会長さんをしている。『パレット』のメンバーがいない所では、一人でいることが多いらしくて、一匹狼みたいな感じ。
「緑川先輩も、黒羽先輩も一年生からも人気あるよね。なんか大人っぽい感じがよいかも」
「え、雪ちゃんって大人っぽい人が好きなの?」
「む? 子供っぽい私が夢見ちゃダメなのかよー」
雪ちゃんはそう言うと、私の頬を抓ってきた。ふっくらと膨らませた頬で抗議してくる顔は、子供みたいで可愛らしい。
「ふぇ、ゆひひゃん、ひゃめてよー」
頬を抓まれて上手くしゃべれない私を見て、雪ちゃんはにんまりと笑っていた。
私は頬を抓まれながら、ちらりと『パレット』の背中に視線を向けた。
……とても、私とは棲む世界が違う。
多分、私はこれからも青山君や『パレット』のメンバーとかと話す機会はないんだろうなと思う。
それだけ、私とは違う世界に住む人だから……。
私はこれからも平凡な人生を歩んでいくんだと思う。
そんなことをこの日までは本気で考えていた。