ひとまず階段を降り、リズはカウンターの定位置に、ミオはキッチンへ向かう。
 湯を沸かし、リズが出勤前にいつも頼むアーティチョークティーを淹れる準備をしながら思い出した。

(そういえは、摘んだブルーベリー置いてきちゃた)

 外を見れば夕暮れが始まっているので、今からは取りに行けない。鳥が摘んでいないことを願おう。

「私、今日、バーを休みにしようかしら」
「どうして?」
「だってミオ一人よ。不安じゃない」
「確かに、容態が急変したらと思うと不安だけれども……」

 眉を下げ二階を見上げるミオに対し、リズは、はぁ、と息を吐いて首を振る。そういうことじゃないらしい。

「それもあるけれど、見知らぬ男と二人っきりなのよ。相手は騎士だからゴロツキなんかよりは信用できるけれど、周りに民家はないから何かあっても誰も助けに来てくれないわよ」
「あぁ、そういう心配ね。大丈夫じゃないかな? 子供を助けようとして溺れるような人よ」

 ミオとしては、善人の部類に入れて全く問題ないと思う。それに相手は見目麗しい二十代。アラサーなんて向こうからお断りでしょう。

 リズはうーん、と唸りながら最終的にはバーの帰りに寄る、ということで納得した。ジークの様子だとそれまで寝ているだろう、と考えてのこと。

「それで、あとで説明するって言っていたけれど、あの足の傷と、血に染まった服はどういうこと?」
「それね。えーと、私が初めに見た時は十五センチぐらい大きな切り傷だったの」

 ミオはこれぐらい、と左右の指でその大きさを説明する。

「それで、たまたま止血作用のあるハーブティーを持っていたから傷口にかけたところ、血が止まり傷口が少し塞がったの」
「そんな凄いハーブティーがあるの!? 再度確認するけど、これ、薬ではないのよね」

 目の前のティーポットをリズば指先で叩く。コンコンとガラスが鳴る音がする。

「あんなに即効性があるなんて普通なら考えられないわ。この世界の人達の体質に合うのか、他にも要因があるのか分からないんだけど」
「何か心当たりはないの?」

 そう聞かれ、ミオの頭に浮かんだのはあの金色の粉。ティーポットを揺するたびに光るので気になっていたけれど、異世界特有の何かだと受け流していた。おおらかにもほどがある。

 それを聞いたリズは、うーん、と腕組み口をへの字にして暫く宙を睨む。

「ミオ、ヤロウのハーブティー、私も作っていい?」
「リズが? いいわよ」
「ありがとう、ミオも一緒に作るのよ」
「私も?」

 リズの意図は分からないけれど、言われるがままティーポットを二つ用意し湯を沸かせティーポットに注ぐ。

 いつも作るのを見ているからか、リズの手際は初めてと思えないほど良い。ふんふんと、心なしか笑みを零しながら作っている。

「で、最後にティーポットを揺らすのよね?」
「そう、濃度が均一になるように」

 まずはリズがゆらりと揺らす。
 でも、何も起きない。

「ミオもしてみて」
「うん」

 ミオがいつものようにティーポットを揺らすと、金色の粉が浮かびあがりすぐに溶けていった。

「ね、金の粉が出たでしょ?」

 ティーポットを指差せば、リズが怪訝な表情を浮かべる。

「私には見えなかったわ」
「えっ? だってキラキラしていたわよ」

 こんな近くで見ていたのに、なんならもう一度淹れようか? でも、リズはその必要はないと首を振る。

「ミオの言うことを疑っているわけではないの。きっとそれはミオにしか見えないのよ」
「私にしか?」
「そう。だってミオは『神の気まぐれ』だもの」

 当然とばかりにリズは頷く。

(いやいや、その一言で片付けていいの?)

 「神の気まぐれ」は万能選手なのか。

(でも、もし本当にそうだとしたら、気まぐれすぎない?)

 方や異世界の生活習慣を劇的に向上させたのに対し、自分は二日酔いを回復させる、差があり過ぎではないか?

「でも、そのおかげであの騎士は助かったのよ」

 知らず声に出ていようだ。
 リズはキッチンをゴソゴソ漁ると、ぺティナイフを取り出した。

「ちょっとナイフ借りるわよ」
「うん?」

 あまりにもサラリと言われたので反射的にうなずいてしまった。何をするのかと首を傾げるミオの前で、リズは何の躊躇いもなく自分の腕を切った。しかも長さ八センチほどの深い傷。

「ひゃ!! ちょ、ちょっと、リズ、何してるの!? えーと、絆創膏、包帯!!」
「いいから、いいから。これぐらい傷のうちに入らないし」
「はい?」

 ダラダラと血がでてますが? 
 何故そんなにも平然としているのか。
 さらにリズは顔色を変えることなく、自分が淹れたティーポットを手にした。

「傷口にハーブティーをかけたのよね」
「う、うん」

 まさか、と思っていると、流しの上に手をやり躊躇うことなくハーブティーをかける。

 いやいや、それは淹れたてのハーブティー。
 今度は火傷をする気?

「ひゃ! リズ赤くなってる! 早く冷やさなきゃ」
「うーん、しみるだけで何も起こらないわね。じゃ、次はミオのハーブティーをっと」
「だから、どうしてまたかけようとするの!!」

 ミオの制止を無視すると、今度はミオが淹れたハーブティーを淡々とかけた。こいつ、痛覚がないのか?
 もはや呆然とするミオだけれど、さらに言葉を失うことが。

「「傷が塞がってきた!」」

 声が揃う。二人して目を合わせパチクリしてから再び傷を見ると、血は止まり傷は消えている。

「こんなことがあるなんて」

 リズは手のひらをグーパーさせたあと、ぶんぶんと腕を振ってみる。痛みも引き攣る感じも全くない。

「高級ポーション並よ」
「リズは高級ポーションを使ったことがあるの」

 確かこんな田舎にはロクな薬がないと言っていたような。

「あぁ、それは、……そうね、ちょっと、フフ」

 なんだか、いや、あからさまに歯切れが悪い。
 ミオとしてはもっと追求したいとこだけれど、そろそろリズの出勤時間だ。