夕方、作業を終えたフーロと入れ替わるようにリズがやってきた。朝、会った時とは違い、髪はしっかり巻かれアイメイクもばっちりなので一度自宅へ戻ったようだ。艶々な口紅でミオと呼ぶと真っ赤なワンピースの裾を翻す。

「どう? 水や火は使えそう?」
「うん。魔石を入れてもらった物を全部試したけれど、どれも使えるわ」

 照明の灯りの下でミオは答える。これで生活できそうだ。

「時間はまだある?」
「ええ。ミオの作ってくれるハーブティーを飲みたくていつもより早めに家を出たから。あと三十分後の辻馬車にのるつもりよ」

 ここから町までは歩いて三十分。歩けない距離ではないけれど、目の前の広い道は辻馬車が定期的に走っている。
 左手の林の向こうには小さな村があり、辻馬車は主に村人が仕事で町へ行くのに使うのだとか。だから朝と夕方の混雑する時間帯は三十分おき、それ以外は二時間おきとなっている。ミオの店があるのはちょうど村と町の中間地点で、突然現れた店に辻馬車の中が騒然となっていたのだが、ミオはまだ知らない。

「昨日はどうして歩いていたの?」
「最終の辻馬車にはどうしても間に合わないから、帰りはいつも徒歩よ」

 町からここまで民家はなく真っ暗だった気がする。物騒じゃないかな、と思ったところで、リズの鍛えられた二の腕が目に入り、大丈夫だと思い直した。

「それじや、約束通り初めてのお客様になってね。えーと、何がいいかな。飲みやすいものならカモミールとか、ローズヒップティー。それから、苦味があっても良ければ二日酔いにきくハーブティーがあるわ。お酒を飲む前に飲むと二日酔い防止にもなる」
「じゃ、それを。実は今朝も頭がぐわんぐわんしてたのよ」

 リズが頭を押さえ顔を顰める。

(確かにお酒臭かったし、顔色も悪かった)

 面と向かって言わないまでも、ミオもそう思っていた。だから、本来なら初心者向きではないハーブティを、あえて口にしたのだ。

「かしこまりました。ちょっと癖があって苦いけれど大丈夫?」
「ええ、平気よ」
「それじゃ、この席に座って待ってて」

 リズに真ん中のカウンター席を進めると、ミオは棚からハーブが入った瓶をいくつか取り出した。
 ハーブは単体でも飲めるけれど、ブレンドすることで味に幅や深みが出る。もともとブレンドしたものも何種類かあるけれど、二日酔い用は味が独特で正直需要が少ないから今から作っていく。

 まずお湯を沸かす。
 その間にさっき出したハーブをスプーンで掬い小さな器に入れていく。数種類入れ軽く混ぜるミオを、リズは腰を浮かしカウンターから乗り出し気味に眺めた。

「ねえ、それがハーブなの? 私には枯れ草に見えるけど」

 リズは茶がれた葉を見て不安そうに眉を顰める。どう考えてもここから美味しいものができるとは思えない。
 それも仕方ないことだと、ミオは瓶を手に説明をすることに。

「これはタンポポ。春に黄色や白の花を咲かせるの。タンポポには肝臓の機能を強化する働きがあるし、デトックス効果もあるわ」
「肝臓?」
「アルコールを分解する機能を持っている臓器、デトックスは身体の体内に溜まった有害なものを排出させること」

 そこにアーティチョークを少し加える。アーティチョークは大きな花を咲かせる植物だ。蕾のうちに収穫し食べることもできるけれど、ハーブに使うのは肉厚で大きな葉。強い苦味が胃腸を刺激し、こちらも肝臓の働きを助ける効果がある。
 でも、この二つだけだとちょっと苦味が強すぎて飲みにくいので、ペパーミントも追加で入れている。

「湯通しして温めたティーポットにブレンドしたハーブを入れて、沸騰したお湯を注ぎすぐに蓋をする。そしてこのまま数分蒸らす」

 蒸らす時間は諸説あり、葉や根を使うかにもよっても変わる。このブレンドならと、ミオは引き出しから五分の砂時計を出してティーポットの横に置いた。

「砂時計が全て落ちたら出来上がり。蓋についた蒸気の雫には特に成分が詰まっているから、それを中に落とすように蓋をあけるの」

 リズは真剣な瞳で、サラサラと落ちる赤い砂時計の砂を見つめる。ついでにと、ミオは自分用にもハーブティーを入れることに。開店に備え仕入れたフレッシュのジャーマンカモミールを使う。

 水道の蛇口に指を当て出てきた水をボールに貯めて、その中で丁寧に葉を洗って小さく千切る。それを、先程と同じように温めたティーポットにティースプーン山盛り一杯を入れ、湯を注ぎ蓋をする。こちらは蒸らすのは三分、緑の砂時計をテーブルに置いた。

「そっちの方が美味しそうね」

 じわりと緑色になってきたティーポットをリズが恨めしそうに見る。確かに初心者に飲みやすいのはこっちの方。

「こっちも飲んでみる? 二日酔いには効かないけれど」
「飲む。どんな効果があるの?」
「沈静効果があるから不眠に効いたり、あとは胃炎や冷え性にもいいわよ」

 ふーん、というリズの口角が少し上がり楽しそうだ。色っぽくも格好良くもあり、美人は性別関係なく美人なのだと思う。

「ミオは薬師なの?」

 そんなことを考えていたので、唐突な質問にミオは目をパチリとする。
 それから、先程の説明を聞いたならそう思っても仕方ないか、と気づいた。

「違うわ。ハーブティーに薬のような即効性はそれほどないわ。二日酔いを防ぐ効果はあるけれど、完全に防げるわけじゃない」

 体質改善とか、気持ちを落ち着かせるのに用いることが多い。あとは嗜好品として、好きな匂いや味を楽しむものだ。

「あっ、砂時計が全部落ちた。えーと、蒸気をポット内に落とすように蓋をとるんだっけ?」
「そうそう、それから葉を取り出して。入れっぱなしだと苦味が出過ぎちゃうから」

 リズが慎重に蓋を開けたところで、ミオがティーポットの内側にある茶漉しごと葉を取り出す。そのあと濃度が均一になるようにティーポットを軽く揺らす。

 これはミオだけのマイルールだけれど、揺らすのは五回と決めている。
 美味しくなりますように、とかリラックスしてもらえますように、とかお客様のことを思いながら胸の内で唱えるのだ。

 今回は、「二日酔いになりませんように」、そう願いながらポットを回した。その時だ、いつもと違う変化にミオは手を止める。

「あれ?」

 突然、金色の粉がティーポットの中を舞ったかと思うと、キラキラ輝きすぐに砂糖のように溶けていった。

「どうしたの?」
「えーっと。ううん、なんでもない」

 なんだったのだろ、と目を瞬かせるも、そこにあるのはいつもと変わらないハーブティ。
 不思議に思いながらも(見間違いよね)と結論付け、ハーブティーを温めたカップに注ぐ。
 それをソワソワしながら待つリズの前に差し出した。

「はいどうぞ、まずは匂いを嗅いでみて」

 リズは手に取ると言われたとおりに鼻先をカップに近づける。

「あっ、スッとするような爽やかな匂いがする」
「それは多分ミントを入れたからだわ。熱いから気を付けて飲んでね」
「ええ。味は、……苦い! 確かに苦味がつよいわ。でも、うん、……この味嫌いじゃない」

 苦みをどう思うか心配だったけれど、リズは気に入ったようで一口、もう一口と飲む。
 でも、ハーブティ全てが苦いと思われても困るので、出来上がったフレッシュカモミールティーもカップに入れリズの前に置いた。

「こっちは飲みやすいと思うわ。甘味が足りないならお砂糖もどうぞ」
 
 砂糖が入った小瓶をカップの隣に置く。リズは、同じように匂いをかいだあと、カモミールティを一口。
 すると、驚いたように目を丸くし、長いまつ毛をパチパチさせた。

「全然味が違う! こっちは少し甘みと酸味があって、匂いも果実みたいでとっても飲みやすいわ」
「使ったのがフレッシュハーブだから、ドライハーブより清々しい香りがするのが特徴よ」

 甘い香りが口の中に広がるのを楽しむようにリズは一口、もう一口。それから再び苦味の強いハーブティーも手にし、飲み比べるように交互に口に運ぶ。

 その飲み方は風味が変に混ざりそうで、ミオとしてはちょっと気にはなる。
 でも、大切なのは楽しんで貰うことで、そう思えば飲み方なんて些末なことだ。

 ミオは嬉しそうなリズを見ながら、もしかしたら異世界でもハーブティーカフェが出来るのでは、と思った。