朝日がこんなに待ち遠しいと思ったことがあっただろうか。
 ゆるゆると店内に差し込む光、ミオはカウンターに突っ伏していた顔を上げ耳を澄ます。静かな朝はいつもと変わりない。

 こんな状況でぐっすり寝れるほど豪胆ではない。うとうとと微睡みながら、店と外を行き来するジークの足音を聞きつつ夜を過ごした。

「何か食べ物を作ろう」

 ジークもエドもお腹が空いているだろう。リズはどうしているかな、と思う。

「でも、パンはまずいわよね」

 香ばしい匂いにつられ魔物が来てはたまったもんじゃない。棚の中には一昨日焼いたパンが少し。冷蔵庫にはハムやソーセージ。

 少し硬くなったパンを薄切りにしフライパンで温め、上にハムとチーズを乗せ蓋をする。小さな鍋に水を張り、鶏ガラを入れしっかり出汁をとったら、ソーセージとちぎったレタス、それから卵を回し入れた。
 飲み物は昨日作ったミント水、温かいものも必要かな、とヤロウとカレンデュラのハーブティーも用意する。

「ジーク、エド、いる?」

 扉を開け小さな声で呼べば、ジークが慌て駆け寄ってきた。

「どうした、何かあったか?」
「ううん、これ。よかったら食べて」

 トレイに乗せた朝食を手渡すと、強張っていたジークの頬が緩りと崩れる。

「ありがとう、エドは今森の方に行っている。帰ってきたら渡すよ。カレンデュラ軟膏はどうだ?」
「もう少し固めたかったから一時間前に冷蔵庫に入れた、そろそろいい頃だと思う」
「それじゃ、ミオも朝食を取って。食べ終わったら領主の屋敷に行こう。何、どうせ向こうも寝ていない、早すぎる訪問でも構わないさ」

 ミオは一度店内に入ると、自分の分の朝食を持って出てきた。馬止めにジークと並んで座り、ハーブティーを一口飲む。

「おーい、何やってんの。俺が見回りしてる間に」

 馬の蹄と一緒にエドが現れた。二人並んでパンを齧る姿に口元を引き攣らせつつ馬からおり、ジークのトレイからスープを奪うと一息に飲み干した。

「うまっ、お前、いっつもこんなの飲んでるのか」
「別にいつもって訳じゃない。って、何だその顔」

 ニマニマと笑いながら、今度はパンにかぶり付いた。

「いいって別に。いや、良くないけど、いいや。で、薬はできたのか?」

 ミオはパンをもぐもぐ咀嚼し、エドの朝食がのったトレイを手渡しながら、できたと頷く。

「それで今からミオとと一緒に領主様の屋敷に行こうと思うんだけれど、周りの様子はどうだった」
「うーん、死骸がまだ回収できてないが、ひとまず難は去ったってとこかな」
「それじゃ、行ってくる。悪いが店を頼むよ。ミオが大切にしているんだ」
「はいはい。じゃ気をつけてな」

 パンを頬張りながらエドは答える。
 ミオは店に戻ると冷蔵庫からカレンデュラ軟膏が入った瓶を二つ取り出し、リュックに詰めた。それからタオルをぬるま湯で濡らし表で待っているジークとエドに手渡す。エドの返り血は、ミオの記憶より増えていた。

「エドさん、火傷に効く軟膏が店内にあるから騎士団で使って。あっ、でも一本だけは置いといてもらっていい?」
「分かった、ありがとう。ジークがいるから大丈夫と思うけれど気を付けて」
「ありがとう、エドさんもね」

 顔を拭いて少しさっぱりしたジークと一緒にミオは領主の屋敷へと向かうことに。


 町は意外なほど昨日と変わらなかった。どうやら、ここまで魔物は襲ってこなかったようだ。
 それでも緊迫した空気が流れ、巡邏している衛兵も多い。
 ジークはまっすぐ領主屋敷へ向かい、そのまま玄関扉前まで馬で乗り付けた。当然ながら、何事かと護衛が近寄ってくる。

「私は国境警備にあたっている騎士ジークです。サザリン様がドラゴンに襲われたとき一緒にいました」
「では、貴方が助けてくださったのですか」

 その質問にジークは肯定も否定もせず、薄く笑う。
 率直で馬鹿正直なジークがそんな芸当もできるのかとミオ目をぱちくりさせた。

「火傷の特効薬を持ってきました。ぜひ面会の許可を」
「分かりました。どうぞ中に」

 護衛は屋敷内にミオ達を案内すると、執事を呼んでくるので待って欲しいと言った。しかし、それより早くマーラが現れる。

「ミオ様、今火傷の薬と聞こえましたが」
「はい、朝早くから申し訳ありません。でも、早くお渡ししたくて。サザリン様はどちらにいらっしゃいますか?」
「二階です。ご案内しますのでどうぞこちらに」

 マーラの案内で通されたのは二階の一番奥の部屋。朝日が昇ったとはいえ屋敷内はまだ薄暗く、廊下のあちらこちらにランタンの炎がちらちらと揺れていた。

 トントン、とノックをすると中から出てきたのはマーガレット。予期せぬ訪問者に目を丸くするも、すぐに中に招き入れてくれた。

「ミオさん、どうしてここに」
「申し訳ありません。私がサザリンさんを森に誘ったばかりに」

 ミオは深く頭を下げる。その勢いでリュックの中で瓶がぶつかる音がした。

「ベニーから話は聞きました。五歳の子供の話ではありますが、ミオさんを責めるつもりはありません。あなたが無事でよかったわ」

 寝ていないのだろう。真っ赤に腫れた目と、瞳の下のクマが痛々しい。
 ミオはリュックを降ろし黄色い軟膏が入った瓶を取り出した。

「どうか、この軟膏をサザリン様に使うことを許可してください」
「これは……?」
「私がハーブから作りました。火傷の治療薬です」

 ミオから瓶を受け取ったマーガレットは、困ったように眉を下げ、次いで後ろを振り返り寝台で横になるサザリンを見た。夫であるカーサスからハーブを使うなと言われているのだろう、その顔には迷いが現れている。

 しかし次の瞬間、マーガレットの顔色がさっと変わり、怒気を含んだ低音が廊下に響いた。

「おい、これはどういうことだ」

 振り返った先にいたのは、やはり領主カーサス。その背後には執事らしき男と先程の護衛兵士が控えていた。