(さて、何をお勧めしようかな)

 持ってきたハーブは十種類ほどあるけれど、そのうちの幾つかはマーガレットに飲ませるわけにはいかない。

「マーガレット様、ご懐妊されているようですが、今何ヶ月でございますか?」
「八ヶ月よ。それがハーブと関係ありますの?」
「はい。それでしたら是非お勧めしたいものが」

 手のひらサイズの瓶をテーブルに置く。中にあるのは茶色くもこもことした枯れ葉、他のハーブ同様見た目がよろしくないのはもはやお約束だ。
 マーガレットも見た目から味を想像したのか、眉根に僅かに皺がよるも直ぐに元の笑顔に戻った。

「こちらはラズベリーの葉です。これは私が異世界から持ってきたものですが、ラズベリーは近くの森にも自生していましたので、比較的身近な植物ではないでしょうか」
「ええ、ラズベリーのジャムは珍しいものではありませんし、シロップ漬けにしてケーキに乗せることもあります」

 ハーブを異世界で見たことはないけれど、ラズベリーのようにハーブティー以外にも使い道のある植物なら森で見たことがあった。種類は少ないけれど、森の中で見つける度にその場所を簡単に書き記している。

「ラズベリーの葉は、妊婦さんにとって安産のハーブと言われています。子宮や骨盤の周りにある筋肉を整えて陣痛を和らげる効果があるそうです。だいたい妊娠八ヶ月ぐらいから飲み始めると良いので、ちょうど宜しいかと」

 ラズベリーリーフティーは花が咲く前の柔らかい新芽の部分を乾燥させた物を使う。産後の母親にとっても必要な栄養素が含まれているので、出産後に飲むのもお勧めだ。ただ、飲みすぎるとお腹が緩くなるので、多くても1日3杯くらいまで、何事も適量、大事。

「それは是非飲んでみたいてすわ。ベニーの時は丸一日陣痛で苦しんで碌に眠ることもできなかったの」

 マーガレットが遠い目をして答える。憂鬱そうなのに幸せそうだ。ミオは子供を産んだことがないので出産がどれほど大変かは聞いた話でしか分からない。「お腹にいるんだもの、痛くたって大変だって産むしかないじゃない」そう言ってカラカラと笑う後輩の顔が浮かんだ。その言葉だけですでに母親だと思った。

(私も母親になったらそう思えるのかな)

 家族との縁が薄かったミオは自分が家族を持つことがどうもイメージできない。誰かが自分にとってかけがえのない存在になったら、と想像してまず思うのは、無くなった時の喪失感がどれほどかという恐怖。そのせいか友人はいても心の底まで見せたことはないし、見せ方もよく分からない。恋人なんて異次元の話だ。

「ラズベリーリーフティーはやっぱりラズベリーのように甘酸っぱいのかしら」

 マーガレットの問いに、ミオは慌てて思考をハーブティーへと戻す。

「いえ、あっさりとしていてクセがない味です。ほんのりと甘みがあるので飲みやすいですし、甘みが足りなければ砂糖や蜂蜜を足すこともできます」

 もっと分かりやすくいえば、ほうじ茶や緑茶などお茶に近い風味なのだけれど、異世界には通じないかとその説明は省くことに。

「ではこれでお願いするわ」
「畏まりました。では台所をお借りいたします」

 瓶を一度バスケットに戻してミオが立ち上がれば、ベニーが颯爽と扉を開けてくれた。エスコートのつもりか、早く見たいのか。おそらく後者だろう。

 台所につくと、すでに湯を沸かしてくれていた。カップも三つ用意してくれている。
 ミオは湯でティーポットとカップを温め、ティーポットにスプーン三杯のラズベリーリーフを入れ湯を注いだ。その様子をじっと見ているマーラに、このまま三分待って、それからハーブを取り出し軽く揺らし混ぜることを伝える。

「マーラ、一番近くの客間にハーブティーを運んで。ミオさん、そこでティータイムにしましょう」
「畏まりました」

 マーラがトレイを持って前を歩き、今度は一階のほぼ中央にある部屋に案内された。
 広い庭に続くテラスにはすでにテーブルと椅子がセットされていて、砂糖や蜂蜜も並んでいる。
 風が花の匂いを運んできて、アフタヌーンティにはぴったりの場所だ。

 マーラがテーブルにトレイを置いたところでちょうど砂時計が落ちた。ミオはポットを軽く揺すり、いつものように金の粉が浮かび消えるのを見届けるとカップに注いだ。

「どうぞお召し上がりください」
 
 マーガレットとベニーの前にハーブティーを置く。ラズベリーリーフティはそれほど強い香りではないので、匂いに敏感になっている妊婦さんでも大丈夫だ。

「これはベニーが飲んでも大丈夫なのかしら?」
「はい、妊婦さん以外でもお召し上がりいただけます。ただ、妊娠初期から中期で飲まれるのは早産の危険性が出てくるのでやめてください」
「だから、初めに妊娠何ヶ月か確認したのね」
「はい。八ヶ月でしたら大丈夫です」
 
 もちろん飲んでお腹の張りが酷くなる等、何かあればやめた方がよい。あくまでも一般的な目安であることも伝えておく。
 飲んでよいと言われ、ベニーがさっそくカップを手に取った。

「頂きます……っ、えっ、なんかこれ……」

 声がしおしおと萎んでいく。どうやら思っていた味と違ったようで、眉をよせ渋い顔になってしまった。お子様の口には合わなかったのか、もしくはラズベリーと聞いて果実水のような味を期待していたのか。

「宜しければ蜂蜜を入れましょうか?」
「うん」
 
 ミオに聞かれ、ベニーは大きく頷く。蜂蜜をひと匙垂らしくるくると混ぜ再び手渡すと、今度は「甘い、美味しい」と言ってあっと言う間に全部飲んでしまった。こうなるとハーブを気に入ったのか蜂蜜が好きなのか、いまいち疑問だけれど可愛いから良いことにする。
 マーガレットはまずは匂いを確かめ、上品にカップに口をつけた。

「あっさりとしていて飲みやすいわ。甘いお菓子にも合いそうね」
「お母様、僕もそう思うよ。クッキーとかいいんじゃないかな。あとはケーキとか、マドレーヌとか……」
「はいはい。マーラ、クッキーとマドレーヌを持って来てくれないかしら」
「はい、今すぐに」

 マーガレットの呆れたような声とベニーの笑顔が微笑ましい。マーラもクスクス笑いながら部屋を出て行った。

「マーガレット様、ラズベリーリーフが入ったこちらの瓶をお譲りいたします。使った後はしっかりと蓋を閉めて保管してください」
「ありがとう。まだ時間はあるのでしょう? もっとハーブについて教えてもらいたいわ」

 はい、とミオが答えようとした時だった。
 静かだった屋敷内に大きな足跡が響き、次いで勢いよく扉が開けられ、険しい顔をした大柄な男性が突然部屋に押し入ってきた。