「で、これを蜜蝋に混ぜるんだよな」
「そうよ。まずは湯煎で蜜蝋を溶かす。えーと、鍋はこれでいいかな」

 鍋を二つ取り出し、どちらも七割ぐらいまで水を入れ火にかける。沸騰したところでボウルに蜜蝋を入れ湯煎で温め、少し溶けてきたら浸出油を入れ混ぜる。ミオの手順を横目で見て、ジークも同じように作っていく。へらでゆっくり混ぜるうちに蜜蝋は溶け浸出油といい具合に混ざってきた。

(騎士達の傷が早く癒えますように)

 そう願えば、反応するかのようにミオの手元が金色に光った。ちらりと隣をみるも、やはりジークには見えないようで変わらずヘラを動かしている。

「ジーク、溶け具合をみたいから一度代わってくれる?」
「ああ、お願いするよ」

 鍋を変え、同じように願うと金色の光が再びキッチンを照らした。

「蜜蝋が溶けてとろりとした液体になったらおしまい。そろそろ良さそうだから火を止めましょう」
「分かった。このあとはあの缶に移せばいいんだよな」
「そうよ。多分明日の朝までには固まると思う」

 ボウルを布巾で包みカウンターに向かうと、並べていた缶に玉杓子で注いでいく。
 つやつやと輝く液体で缶はすぐにいっぱいになった。少し液体が余ったので、二階から空のお菓子の缶を持ってきて、煮沸してからそこにも入れる。こっちは自宅用にしてどれだけ日持ちするか試すことにした。

「こんにちわ~! あっ、それがミオの言っていたヤロウ軟膏?」

 明るい口調ながら低い声。出勤前のリズがやってきてカウンターに並べた缶を見る。

「そうよ、今できたところで熱いから触らないでね」
「分かったわ」

 そう言いながらリズは缶をつつく。液体部分じゃなければいいかと、ミオは見て見ぬふり。熱湯を腕にかけるぐらいだから、どうってことないと思ってはいる。

「随分沢山作ったのね」
「はい。明日、ミオさんが騎士団に持って来てくれるそうです」

 アーティチョークティーの準備をするミオに変わってジークが答える。

「ジークが取りに来るんじゃなくて?」
「そう言ったんですが、買ってもらうのだから辻馬車で届けるって」
「そういうところ律儀よね。ミオ、ドイルに高値で買ってもらうのよ!」

 リズがキッチンにいるミオに話しかける。呼び捨てにしているので、ドイルとはやはり親しい仲なのだろう。

「ところで今夜はミオと二人で夕食を?」
「はい」
「初めてじゃないわよね。いつも私が帰ったタイミングで来て一緒に食べているし」
「……別にリズさんを避けているわけではないですよ?」

 ふーんとリズは目を細めジークを見る。次いで、その騎士顔負けの逞しい腕をジークの首に巻きつけた。

「それで、その後の進展は?」
「へっ、何のことですか?」
「いやいや、とぼけないで。これだけ頻繁に通って何もないわけないでしょう?」

 ぐぐっと腕に力が入った。ジークは苦しそうな声をだしつつ首を振る。

「何もないですって」
「二階に上がったことは?」
「部屋の掃除をしています」
「手ぐらい握ったよね?」
「まさか!!」

 真っ赤な顔をして焦り首を振るジークを、信じられないような目で見るとリズは手を離した。ぱちぱちと目を瞬かせたあと、訝し気に眉を寄せジークを見る。

「これだけ通っておいて? 嘘でしょう」
「当たりまえでしょう? 未婚の女性にそんなことするわけないじゃないですか!」
「……」

 山奥で育った青年はその見た目に反し、ずっとずっと純朴だった。リズはすっかり素に戻り「まじかこいつ、信じられねぇ」と呟く。

「うん? 二人ともどうしたの?」

 ミオが淹れたてのアーティチョークティをリズの前に出しながら、二人を交互に見る。

「うーん、何でもないわ。あぁ、やっぱりミオの淹れたハーブティは格別ね」
「ありがとう。ジークも飲む? それとも食後にする?」
「……食後がいいかな。コカトリスを捌くからキッチンを借りるよ」

 ジークはリズから逃げるようにキッチンへと向かった。ミオはその後ろ姿を見送りながらリズに厳しい視線を向ける。

「ジークを揶揄っていたんでしょう?」
「そんなことないわ。激励してたのよ」

 何を? と聞くもリズはアーティチョークティを飲むだけで何も答えない。そしていつもより早く帰っていった。


 
「ミオ、捌けたけれどどうやって食べる?」
「そうね。あ、裏庭からローズマリーとバジルを取ってきて香草焼きにするのはどう? 焼くだけだから簡単だし」

 ヤロウ軟膏作りを手伝ってもらったので、夕食はパパッと簡単に作りたいところ。ミオは裏口を開け庭に出ると、ハーブを摘んですぐに戻ってきた。

「ハーブって料理にも使えるんだ」
「そうよ。バジルペーストを作ろうと思っているの。ジーク、バジルを水洗いして水気をふき取ってくれる? そのあとは包丁でみじん切りにしてちょうだい」
「分かった」

 ミオは包丁とまな板を出して、ジークの前に置く。そして自分の分も出すと手早くローズマリーを刻み始めた。
 粗みじん切り程度に刻んだところで、塩と胡椒と一緒にコカトリ……鶏肉に刷り込む。ジークのおかげでミオの前にあるのは鳥のもも肉と変わらない状態。恐ろしい名前は頭の端に追いやり料理に専念することに。

 充分に刷り込むと、オリーブオイルを引いたフライパンで皮目からじゅうっと焼く。皮からにじみ出る油が鶏肉より多い気がする。

「ミオ、みじん切りにできたよ」
「ありがとう、それじゃニンニクをすってもらっていいかしら?」

 その間にミオは小さなボールを取り出し、細かく刻まれたバジルと町で買ってきた粉チーズ、オリーブオイルをざっくりと混ぜ塩を振りかける。そこにジークにすってもらったニンニクも入れた。

(本当はフードプロセッサーでしたら早いのだけれど)

 フーロに頼んだけれど、それは前回の「神のきまぐれ」の時代になかったものらしく、扱えないと言われた。ちなみに、ミオが使っている洗濯乾燥機も同じ理由で断られたけれど、頼み込んだところ何とか使えるようにしてくれた。フーロが持っている洗濯機の知恵とドライヤーの知恵を融合させたとか。

「あとはペースト状になるまでフォークの背でつぶせば出来上がりよ」
「へぇー、味見をしても?」
「もちろん」

 味見をしたジークが「少し苦い」というので、食べれそうか聞けば「問題ない」と返事が返ってきた。
 皮目をカリッと焼きバジルペーストをたっぷりかけた鶏肉と、ベーコンとトマトを煮込んだスープ、それからサラダで二人は夕食を摂ることに。

「いただきます」 
「……」

 手を合わせるミオの横でジークは短い祈りを捧げる。何か言っているようにも聞こえるけれど、聞き取れないし信仰なら異教徒が深入りすべきでないとそこは黙って待つ。

「お待たせ、さあ、食べようか」
「うん。お腹すいちゃった」

 二人はナイフとフォークで肉を切り口に運ぶ。じわっと甘い肉汁とバジルの僅かな苦味が絶妙に溶け合い、肉の旨味を引き立たせている。

「うまい! こんな料理初めて食べたよ。バジルがいいアクセントになっている」
「ローズマリーもいい仕事をしているわ。バジルペーストは子供受けが良くないから、ジークが苦いと言った時は口に合うか心配だったけれど気に入ってくれて良かった」

 ジークの手が止まり、半目でミオを見てくる。

「ミオ、俺は子供じゃない」
「分かってる。成人してるものね」

 まだ根に持っていたのかと、ミオは苦笑いを漏らす。でも、成人したといえ一回り下は子供にしか思えない。ちなみに、リズはミオの勘違いに気付きながらも、面白そうだからとまだ年齢の数え方の違いについて教えていない。

「バジルにも何か効果はあるのか?」
「あるわよ。気持ちを鎮めたり、食欲不振や消化を助けるわ。ハーブティーより料理に使われる方が多いかも」

 もちろんこの料理に「神の気まぐれ」の力は使っていない。あくまでハーブがもつ純粋な効用の範囲でのこと。

「そう言われると、気持ちが落ち着いてきたかも。さっきリズさんに言われた事が気にならなくなってきた」

 単純にもほどがある。
 こいつ、絶対いつか女に騙される、ミオはそう思った。