町の真ん中を突き抜けるように東西に大通りが伸び、その中央に噴水がある。噴水から南北にもう一本大通りが伸びていて、その北側の小高い丘の上にあるのが領主の屋敷、南側は日用品を置く店や民家が立ち並ぶ。

 ミオは歩きながらジークから大まかな町の作りを教えてもらった。大通りは分かりやすいけれど、一本路地を入ると細かく分かれている。これは迷う自信しかない。

「辻馬車の停留所は噴水の前にもあるんだけれど、せっかくなら歩きながら町を紹介しようと思って」
「ありがとう。あっ、さっき私の分のお金も払ってくれていたわよね。これ」

 そう言って小銀貨を渡すもジークは受け取らない。それどころかどこか不満そう。

「ミオ、俺は騎士として働いているしまして子供じゃない」
「でも……」
「いいから。それよりまずどこに行く?」

 男の子と言われたことをまだ根に持っている。でも、そんなジークの気持ちを知らないミオは戸惑いつつ渋々銀貨を財布に戻した。

「食べ物はあとにしたいから、缶か瓶を取り扱っているお店に行きたいわ」
「じや、南の区域に行こう。ちょっと歩くけれど大丈夫?」
「うん」

 歩くことになりそうなのでスニーカーを履いてきた。それにせっかく来たのだからいろいろ見てみたい。

 石畳の道は整備されているけれど、石の角がかけていたり石自体にヒビが入っているものも。田舎町の領主の懐ではそこまで修理が間に合っていないようだ。

 でも、町はこぢんまりとしてはいるけれど活気はある。

(一階建てか二階建ての建物がほとんど。壁は薄いベージュか白で、とんがり屋根は赤茶けたオレンジ色が一番多いけれど青や緑もある)

 庭は木々が青々とした葉を茂らせ、花壇には初夏の花が咲いている。長閑で温かみのあるこの景色にどこか既視感があって、はて、と考え思い至った。

「魔女が居候しているパン屋がありそうな町ね」

 今度はジークが首を傾げる。パン屋ならあるけど、と言うので、ミオはクスクス笑いながら「帰りに寄りたい」と頼む。
 話しながら歩く二人の前を黒猫がよぎった。


 十五分ほど歩き噴水まで来たところで南へと向かう。三つ目の角を曲がり細い道に入ると、小さな店が軒を連ねる通りに出た。どの店も軒先に棚や木箱を置き、その上に商品を陳列していた。値段らしき札も貼られている。

「ジーク、今更なのだけれど私文字が読めないの」
「そうか。でも、話す言葉ば分かるんだよね。今日は俺が代わりに読むけど、簡単な文字や数字は読めるようになった方がいいな」
「うん、リズに少しずつ教えてもらう」

ミオの返事にジークはむむっと口を尖らすも、ミオが気づくそぶりはない。

「子供向きの絵本を買って帰ろう。数字や、食べ物の絵と一緒に単語が書いてある」
「ぜひ。選んでくれる?」
「もちろん」

 無邪気に喜ぶミオ。「俺も教えるし」と呟く声が届く前に、ミオが声をあげた。

「ジーク、あのお店に入ってもいい?」

 むぐっと言葉を飲み込んでみれば、店先に出されたテーブルに透明な瓶がいくつか並んでいる。
 薬を入れるにしては少々大きいも、飾り彫りがされていて可愛い。
 ミオはジークの返事を聞くより早く、店先を除きこむ。花瓶やグラスといったガラス製品の他に大小さまざまな缶も置いていた。
 
 二人が店に入ると「いらっしゃいませ」と年配の女性が声をかけてきた。
 棚に置かれた品をちらちら見ながら、缶の置いてある棚の前で立ち止まる。大きさも色も形も違う缶が棚に奇麗に積み重ねられていて、その中の一つに手を伸ばし持ってみれば、思っていたよりもずっと重かった。
 それもそのはず、ミオがよく手にしていたのは軽いアルミ缶、対してこれはブリキ素材。
 ミオの祖母時代にはよく使われていた素材のせいだろうか、レトロな風合いが可愛く見える。
 
「騎士が携帯するなら小さな缶が良いと思うけれど、医務室に置くならある程度大きい方がいいかしら」
「そうだな、とりあえず効果を見たいからまずは医務室に置く大きさを。携帯することになれば、自分達で入れ物を用意することになるだろう」

 ミオは直径八センチ、厚さ五センチほどの缶を手にする。

「これで一か月分はある?」
「まさか、騎士に傷は付き物。平時でもって五日、魔物退治があれば一度で二缶は無くなると思う」

 平時でも怪我をするのは訓練をしているかららしい。生傷は絶えないとか。
 それなら十個ほど作って、残り少なくなったら使い終わった空き缶を持ってきてもらって補充する方法が効率よさそう。

「取り合えず十個買おうかな。足りなければまた買いにくればいいし」

 もし余るようなら、それはそれでドライハーブを入れてミオが使えばよいこと。
 大きさが決まったなら次は柄選びだ。花や小鳥、蔦模様とレトロ感ましましな柄がずらりと並ぶ。
 こうなると、自然とテンションも上がる。

「ねえ、この柄可愛いと思わない? あっ、こっちも素敵。これもそれも……どうしよう、迷ってしまう。ねぇジークはどれがいい?」
 
 楽しそうに缶を幾つも持つミオに問われ、ジークは苦笑いを浮かべる。

「使うのはむさ苦しい騎士達だから、正直柄なんて見ないと思うよ」
「……そうか、そうよね」

 無骨な手で蓋を開け、使い終われば乱暴に箱に投げ入れられる。すぐに凹み傷だらけだ。
 しゅん、と落ち込むミオを見てジークは慌てて胸の前で手を振る。

「でも、女っ気がないからこそ、こういう柄はいいかもしれないね。ほら、なんか癒されるし?」

 明らかにフォローされている。

(でも、作る私のテンションが変わるの!)

 どうせなら可愛く仕上げたいというのが乙女心。この心のあり様が部屋に対しても現れれば汚部屋にはならないのだが。

 騎士達がこだわらないのであれば自分が好きな柄にすればいいかと切り替えて、缶を次々と手にしていく。どれもこれも可愛くて、その中から花柄を中心に選ぶ。
 楽しそうに買い物をするミオの横顔を見ながら、ジークはゆっくと待つことにした。

 選んだ缶の代金を支払い鞄にしまって店を出た二人は、次は東へと向かう。食料品を扱う店は町の東側に多く、西は靴や服、馬具などを作る職人が多く住む。

「ヤロウ軟膏はいつ作るんだ?」
「下準備もあるから二週間後かな」
「作るのを見てもいい?」
「いいわよ」
 
 ジークのことだから手伝ってくれるつもりなのだろうと思う。
 そうだとしても、軟膏を騎士団に定期的に卸すとなれば仕事が増える。
 騎士や農家は例外として、この国では六日働いて一日休む人が多いらしい。店や職人もそうで、だから村から町へ通う人も休日は極端に少なくなる。それなら一層のことミオの店もその日を定休日にしようかと思っていたところ。それなら軟膏を作る時間もできそうだ。

「ジーク、私の店も定休日を作ろうと思っているんだけれど」
「うん、そうした方がいいよ。俺もそう言おうと思っていたんだけれど、異世界に馴染もうと頑張っている姿見ると言い出せなくて。でも、ずっとこの世界で暮らしていくんだから、もう少し肩の力を抜かないと疲れてしまうよ」

 そんな風に見られていたのかと思う。

(一回りも下の子に心配されていたなんて、ちょっと気を張り詰めすぎていたかも)

 もともと仕事とあらば、寝食忘れてがむしゃらにやってしまう。結果、家には寝に帰るだけで汚部屋へとなったのだが。
 それも含めて、異世界に来たのだから生き方を変えてみてもいいのでは、と思った。

「決めた、お客様が少ない日を定休日にするわ。できればその日に軟膏を作りたいのだけれど、ジークの仕事はどう?」

 二週間後の定休日は、ジークが早朝当番の日だった。それなら夕方から作ろうと決め、二人は残りの買い物に取り掛かった。