「決して良い点ではないけど、平均点は超えていたので、千代古齢糖さんにしては上出来かな。期末ではさらに良い点が取れるように頑張りましょうね」
「うん、私、さらなる高みを目指して頑張るよ!」
 利乃に微笑み顔で励まされ、千代古齢糖は堂々と宣言する。
「よかった、九〇点も取れた」
 秋穂も自分の結果に満足出来たようだ。
「おめでとう秋穂さん、稽古の成果が出たわね」
 利乃も喜ぶ。彼女は秀平と同じく満点を取った。
 この日返却された他の科目、光洋は公共五四、化学四一、古典四五、歴史総合五六点で何とか全て赤点回避に成功。
 ちなみに秀平はこれらの科目、古典が二問間違いの九六点だった以外は全て一〇〇点満点だった。
         □
 翌日金曜日四時限目までに返却された科目。光洋の点数は現代文四八。数学A三九。
 五時限目、いよいよ光洋が最も心配している英語だ。
「では今からテストを返しますね」
 担任の寺尾先生によって返却されることになった。
「今回、皆さんかなり悪かったです。でも、七月にある記述模試はもっと難しいからね」
 一呼吸置いてこう付け加えて、答案を出席番号順に返却していく。
「光洋、いよいよ運命が決まるな」
「あっ、ああ。今までなんとかなったから、ひょっとすると、いけるかも」
「絶対あるって」
 梶之助は勇気付けてくれる。
「大迎くん」
「あっ、もうおいらか」
 呼ばれた光洋は慌てて立ち上がり、答案を取りに行く。
 梶之助も彼のすぐ後なのですぐさま教卓の方へ向かった。
(三〇点、あってくれ、あってくれ、あってくれ)
 光洋は心の中で何度も唱えながら、寺尾先生から答案を受け取る。
「うわぁぁぁっ、予想通り赤点かぁ~」
 得点を知った瞬間、思わず嘆き声を漏らす。光洋の目から、涙がぽろぽろ流れ出た。
 席に戻ると、うずくまってさらにしくしく泣き出す。
 二七点だったのだ。
「光ちゃん、男の子が泣いちゃダメだよ」
 千代古齢糖が近寄って来てくれ慰めてくれる。
「光洋、元気出せ。三点くらいの差だったら、何とかなるかもしれないよ」
 梶之助は慰めてあげる。彼自身は八一点を取っていた。
「無理だよぉ~。絶対」
 光洋はうおぉぉーっんとオットセイのような鳴き声をあげて、さらに激しく泣いてしまった。
「赤点を取っちゃった子は、来週月曜の放課後に追試を行いますので、この土日はしっかり勉強して来てね」
 全員に返却し終えたあと、寺尾先生はまだうずくまって泣いていた光洋の方を少し気にかけながら伝えたのだった。
 この授業が終わり休み時間に入ると、
「大迎君、元気出したまえ」
「光洋さん、かわいそう。相撲部屋に入れられるのね。なんとかしてあげたいよ」
「ワタシもだよ。コウちゃんが高校辞めちゃうなんて寂しいよ」
 秀平、利乃、秋穂も彼の側へ近寄って来て慰めてくれた。
「私も光ちゃんを助けたい! 力士っていうのは、ただ体が大きいだけじゃダメだもん。高い身体能力と強い精神力も伴ってなきゃ。光ちゃんが入門したって、きっとすぐに弱音を吐いて逃げ出しちゃうよ。光ちゃんを相撲部屋強制収監から救う会、ここに結成だねっ!」
 千代古齢糖は突如思いついた。ルーズリーフ用紙を一枚外し、黒ボールペンで『光ちゃんを相撲部屋強制収監から救う会』と大きな字で横書きし、その下にそれよりやや小さめの字で会員名として自分の名前を書く。
「ワタシ、会員になるよ」
「わたしも協力します」
「……俺も」
「ボクもなるよん。ボクの掛け替えのない親友だからね」
 秋穂、利乃、梶之助、秀平の四人は快く用紙にサインした。
「ありがとう、皆の衆ぅぅぅぅぅぅぅ」
「コウちゃん、これで涙を拭いてね」
 光洋は秋穂からもらった可愛らしいリス柄のハンカチで、滝のように流れていた涙を拭いた。
「光ちゃん、相撲部屋に入りたくないってこと、みんなでいっしょにおば様おじ様に交渉してあげるからね」
 千代古齢糖はとても心配してくれる。
「なんか、悪いけど。頼みます」
 光洋は自分の力だけの説得では絶対無理だろうと感じ、この五人に協力を求めることにした。

「皆さーん、帰りのホームルーム始めますよ」
 七時間目終了後、ほどなくして寺尾先生がやって来る。
「起立」
 学級委員長からの号令。
「大迎くーん」
「……あっ!」
 寺尾先生に叫ばれ、慌てて椅子を引きガバッと立ち上がる。
 さっき光洋一人だけ、座ったままだったのだ。
「光洋、大丈夫か?」
 梶之助から心配された。
「いやぁ、ちょっと考え事してて」
 本当に説得が上手くいくのだろうか? 光洋の頭はそのことでいっぱいだった。
「気をつけ、礼、着席」
 学級委員長は号令を続ける。
 全員着席したのを確認すると、
「あのう、五時限目に返却した英語の試験について、皆さんに大変重要な連絡があります。英語のテスト、平均点が四八点で五〇点未満でしたので、赤点の基準は半分の二四点以下の子になります」
 寺尾先生は突然、こんなことを伝えて来た。
「そっ、それじゃ……」
 光洋は思わず呟く。
 そして、
「うおおおおおおおっ、やったぁーっ!」
 次の瞬間、彼は他の教室にも響き渡るくらい大きな歓喜の声を上げた。顔の表情も瞬く間に綻ぶ。目にも、ちょっぴり涙で潤んでいた。
 これにて思いがけず、赤点回避となった。 
「大迎くん、よっぽど嬉しかったのね」
 寺尾先生はそんな彼を見て優しく微笑む。
「よかったな、光洋」 
 梶之助だけでなく解散後、
「光ちゃん、よかったねー」
「大迎君、おめでとうございます! まるでイベントでアニメ化が発表された時のような叫び声でしたね」
「光洋さん、見事な大逆転劇ね」
「コウちゃん、おめでとう。よかった、よかった♪」
 千代古齢糖、秀平、利乃、秋穂も光洋の側へ駆け寄って来て、パチパチ拍手を交えて大喜びしてくれた。
        □
「母ちゃぁん、父ちゃぁん、これ、見てくれよ」
「どうしたんよ、こうちゃん? そんなに興奮して」
 光洋は帰宅するとすぐさま、今日返却された三科目の答案をリビングで夕方の報道番組を見ていた両親にかざし付けた。
「赤点、一科目も無かったんだ。英語も、平均が四八で五〇点以下だったから、赤点の基準が平均の半分以下の二四点以下になったんだ!」
「本当かなぁ?」
 母は微笑み顔で問う。
「本当だって! 嘘だと思うんなら梶之助殿に聞いてくれよ」
 光洋は大きな声で強く主張した。
「こうちゃんがそこまで言うんなら、信じるわ」
 母がこう言ってくれると、
「どう、おいらもやれば出来るでしょ。これでおいらの角界入りはチャラだね」
 光洋はにっこり笑った。とても機嫌良さそうだった。
「光洋、じつは、おまえを相撲部屋に入れようとしたのは、嘘だ」
 父はくすくす笑いながら唐突に打ち明ける。
「えっ!」
 光洋は両目をぱちくりさせた。
「光洋が角界に入ったってやっていけるわけがないことは、おれはよく分かっていたさ。せっかく淳高に入れたんだ。もうこの際勉学に懸命に励んで、大学まで行け」