「光洋、あと一日だけなんだし、終わってからにしたらどうだ。今日買うと、絶対内容が気になってテスト勉強に集中出来なくなるぞ」
 光洋の誘いに、梶之助は眉を顰めた。
「おいらは明日の英語と数A完璧に捨ててるし。おいら目当てのやつは人気作だから明日には売り切れるかもしれないぜ」
 けれども効果なし。光洋の意思は全く変わらず。
「そういうのはたくさん入荷されるから、むしろいつでも手に入れ易いだろ」
 ほとほと呆れ果てる梶之助に、
「あの、鬼柳君。ボクも、いち早く読みたいですしぃ。いっしょに買いに行きましょう」
 秀平も申し訳無さそうにお願いしてきた。
「……秀平まで。それじゃあ、行くか」
 梶之助は五秒ほど悩んだのち、こう意志を固めた。
 その時、
「コラーッ! 梶之助くん、遊びの誘いに乗っちゃダメでしょ!」
 背後からこんな声。
「!!」
 梶之助はビクッと反応する。
 声の主は千代古齢糖であった。
「遊んでても余裕な秀平さんはともかく、光洋さんは、赤点取っても知らないよ」
「コウちゃん、シュウちゃん、テスト期間中に遊んじゃダメだよ」
 利乃と秋穂から注意されると、
「分かりました。明日、テスト終わってからにします」
「申し訳ないでありますぅ」
 光洋と秀平は俯き加減になり、素直に従う返事を返した。
「梶之助くん、こんな悪い子達は放っておいて、私達と勉強稽古だよ。梶之助くんが今やろうとしてたことは、お相撲さんが本場所中に稽古をサボることと同じことなんだよ」
「わっ、分かってるって」
 こうして梶之助は今日も安福宅へ。
 今日は三人、英語と数学Aの利乃自作予想問題を解いていった。
 利乃によって採点された結果、英語は秋穂八四点、千代古齢糖五七点、梶之助八一点。数学Aは秋穂八六点、千代古齢糖五四点、梶之助八九点を取得。
 この三人はおウチへ帰った後も、利乃に忠告されたように英語と数学の予想問題をもう一度自力で解き直し、明日に備える。
 もちろん利乃自身も、夜遅くまでしっかりテスト勉強に励んだのであった。

      ☆  ☆  ☆

 中間テスト最終日。
「やっとテスト終わったぁ! 土日挟んでたからめちゃくちゃ長かったよな。これで思う存分遊べるぜ。梶之助殿、このあとテスト終了祝いにポンバシ行こうぜ」
 最後の科目、数学Aのテストが終わり回収された後、光洋は梶之助の席を振り向き、陽気な声で話しかけてくる。
「おーい光洋、またすぐに期末がやって来るぞ」
 梶之助は呆れ顔で突っ込んでおいた。
「千代古齢糖さん、秋穂さん、数Aのテストはどうでしたか?」
「思ったよりは、出来たかな? でも問い5と6は白紙。横綱級の難しさだったよ。まあ、五〇点以上は取れると思う」
「ワタシは、数Aは八〇くらいは取れそうだよ」
 利乃、千代古齢糖、秋穂も近くに寄り添いおしゃべりし合っていた。
 今日から部活動も再開。帰りのホームルームが終わり放課後、この三人は嬉しそうに文芸部の部室へと向かっていく。
「そういえば、利乃ちゃんが応募しようとしてるラノベの新人賞の〆切って、今月末だったよね? 原稿は進んでる?」
「いやぁ、あれからまだほとんど書いてないよ、ストーリーが思い浮かばなくて」
 千代古齢糖の問いかけに、利乃は苦い表情を浮かべながら答えた。
「三百枚も書くのは気が遠くなるよね」
 秋穂は同情した。
「うん。あの賞には今回は見送るつもり」
「文章を書く能力、利乃ちゃんはまだ応募以前の三段目レベルだね。私は序ノ口だけど」
 千代古齢糖はにこにこ笑いながら言って、絵本作りに取り掛かる。
 梶之助は、光洋と秀平に誘われ仕方なくポンバシ巡りに付き合ってあげたのであった。

      ☆

「ただいまー。ん?」
 その日の午後五時頃に梶之助が帰宅すると、玄関先に見慣れない革靴があった。
(このでかさは……)
 サイズは、三〇センチ以上はあった。
 梶之助はわくわくしながら茶の間へと向かう。
「よう、梶之助君。久し振りじゃな」
「やっぱり慶一爺ちゃんか。どうしたの? 急に」
「五郎次の孫の顔が急に見たくなってのう。梶之助君は、高校生になったんじゃな?」
「うん」
「今、身長はどれくらいなんかのう?」
「一五四センチ、だけど」
「そうか、そうか。まだまだ相撲を取るにはちっちゃ過ぎるが十数年前、若貴ブームが去ってからは新弟子検査の基準が緩うなって、一六七センチあれば入門出来るようになったからのう。どうじゃ梶之助君、頭にシリコーンを埋めてみんか? 昔、大受や舞の海が新弟子検査を受ける時にやっておったろう。十五センチくらいはかさ上げ出来るぞ」
 慶一爺ちゃんは豪快に笑いながら、おっとりとした口調で勧めてくる。
「誰がやるか。ていうかもう禁止されてるだろ」
 梶之助は呆れ気味に言った。
 慶一爺ちゃんはとにかく大柄なのだ。背丈は二メートル近くある。加えて恰幅も良く、体重は一五〇キロくらいはあるものと思われた。ただ、光洋のようなぶよんぶよんした体つきとは異なり、かなり引き締まって筋肉質だ。さらにとても百歳とは思えない若々しさを保っており、五郎次爺ちゃんよりもずっと若手に見える。
「梶之助も僕に似てしもうて、十五を過ぎてもこの有様なのじゃよ。僕の作った特製ドリンクで大きくしてやろうと思っとるんじゃが、梶之助は全然飲んでくれなくて困っておるのじゃ」
 五郎次爺ちゃんは苦々しい表情で慶一爺ちゃんに相談する。
「そりゃぁそうじゃろう。あんなワシの玄孫娘が大好きなド○えもんに出てくるジャイアンシチューみたいな物、飲めるはずはないべ。飲んだら背が伸びるどころか、腹を下す。体重減る」
 慶一爺ちゃんはきりっとした表情で意見した。
「さすが慶一爺ちゃん、常識人だな」
 梶之助は感心する。
「僕、カルシウムがいっぱい摂れるように一生懸命考えておるのじゃがのう」
 五郎次爺ちゃんは納得いかない様子だった。
「五郎次よ、カルシウムをようさん取ったら背が伸びるというのは、とっくの昔に嘘だということが分かっておるのだぞ。ちゃんと日頃から雑学文庫を読め。梶之助君の背が低いのは五郎次の遺伝子を受け継いでいるからなのじゃからもう諦めろ」
 慶一爺ちゃんはにこにこ快活に笑いながら忠告する。
「やはり梶之助も、慶一兄さんみたいなたいそう大柄な人間には育たんのか」
 五郎次爺ちゃんはため息混じりに言った。
「五郎次よ、気にするな。ワシですら、江戸時代生まれのご先祖様に比べれば小兵扱いなのじゃ。江戸時代生まれの鬼柳家男子は皆、七尺をも超えておったそうじゃからのう。ワシの若い頃は、鯖折り文ちゃんのあだ名で親しまれておった、出羽ヶ嶽文治郎というワシよりもでかい二メートル六センチの幕内力士もおったぞ。昭和二十年代に活躍した不動岩三男はもっとでかかったな、二メートル十四センチあったべ。三段目止まりで終わったが、昭和の初め頃にはさらにでかい二メートル十七センチの白頭山福童というのもおったなぁ。話は変わるが梶之助君には、千代古齢糖ちゃんという相撲の強ぉい女の子がおったな。また会ってみたいのう」
「それじゃ、呼んでみるね」