「秋穂さんも梶之助さんも遅いっ。問い一は五分が目安よ。もっと手際よくパッパッパッと解かなきゃ!」
 利乃は凛々しい表情で学習塾の熱血指導型の先生のごとく注意する。
 三人は、その後も少しびくびくしながら引き続き問題を解いていく。
 そして開始から四五分後。 
「はいそこまで! シャーペン置いてね」
 利乃は終了の合図を出した。
「私、半分くらいしか解けなかったよ。問題数多いよね」
「俺もあと二問まるまる残ってる」
「ワタシはあと三問だ。リノちゃんのせいのような……」
 あのあとも梶之助は二回、秋穂は三回、千代古齢糖は十数回利乃に背中を叩かれた。
 利乃は赤ボールペンを手に取り、困惑顔を浮かべながら三人の答案を採点していく。
「千代古齢糖さんは四一点、秋穂さんは六七点、梶之助さんは七三点ね。三人とも正答率は高いけど解くのが遅いのが勿体無いわ。皆さんは小中学校の時、計算ドリルとか数学の問題集とか、いつも自分の力で真面目にやってた? 分からない問題は答えを写さずに自分で一生懸命考えて解いてた?」
 利乃からされた質問に、
「いやぁ、私いつも答え丸写ししてたよ」 
「ワタシも分からない問題はけっこう写してたなぁ」
「俺も同じだ。いくつかわざと間違えたりしてた」
 三人はやや申し訳なさそうに答えた。
「やっぱり。それも、宿題で出された時だけでしょ? 宿題に関係なく、ドリルや問題集を自分の意思で繰り返し解こうとはして来なかったでしょ?」
「そうだねぇ。宿題に出てないのに、わざわざやろうとは思わないよ」
「ワタシもショコラちゃんと同じ」
「俺もだ」
「それが、あなた達の計算スピードが遅い原因よ。小中学校の頃からの計算練習の累積量がまだ足りてないと思うの。数学は反復練習の積み重ねで差が付く教科だからね」
 利乃はおっとりした声でありながらも、厳しく忠告する。
「利乃ちゃんの言うことはごもっともだよ。お相撲の稽古と同じだね」
「俺も今になって、中学の頃あまり数学の勉強しなかったことちょっと後悔してる。テストはいつも九〇点以上取れてたから数学得意だと思ってたけど、高校レベルでは通用しないみたいだね」
「ワタシも、数学は高校レベルになってちょっと躓いちゃったよ。これからもっともっと難しくなって来るし、ついていけるか不安だよ」
「大丈夫よ。今からでも数学の問題練習を毎日しっかり続ければ、計算スピードが養われて併せて見たことの無いようなタイプの問題にも、焦らず落ち着いて対応出来る直観力や思考力も高まるから。自然と一夜漬けみたいな一時凌ぎじゃない本当の実力がついて、模試や共通テスト、国立大二次試験レベルの問題でも高得点が狙えるようになるよ。それが、他の科目のさらなる成績アップにも繋がっていくの」
 利乃は三人に向かって優しく微笑みかけ、ウィンクした。彼女は、高校レベルの数学は秀平と同じくすでに全範囲マスターしているのだ。
「ワタシ、頑張るよ!」
「私も数学の稽古はこれから毎日続けるよ」
「俺も頑張ろう」
 三人の向上心は、ますます高まる。
「その調子よ。家に帰った後も、もう一度数学の問題集を何題か自力で解いてみてね」
 利乃は、励ましの言葉を送ってあげた。
 こうして今日の勉強会は終了。三人は安福宅をあとにし、自宅へと帰っていく。
 
           ☆
 
 夜十時過ぎ、三星宅。
 千代古齢糖はお風呂から上がると、機嫌良さそうに自室へ。普段はベッドに寝転がって絵本や児童文学書を読むのだが、
「頑張らなきゃ! お相撲さんだって日々稽古に励んでるもんね」
 今日はまっすぐ机に向かって、苦手な数学の勉強をし始めた。
 それでも就寝前のトレーニングは欠かさなかったが。

 翌日から、安福宅での勉強会は千代古齢糖の提案により勉強稽古と称するようになった。
 四人は特に反復練習が物を言う数学と英語を重点的に勉強していく。
 テスト前日には、授業が四時限目までだったため勉強稽古は午後一時半頃から開始。明日組まれてある化学の勉強を一通りこなした後、利乃は同じく明日組まれてある数学Ⅰの彼女自作予想問題を前回と同じ制限時間で三人に解かせてみた。
「秋穂さんは八三点、千代古齢糖さんは五九点、梶之助さんは八七点か。稽古の成果が出て来たね。本番もこの調子で頑張ってね」
 利乃はとても機嫌良さそうにエールを送る。
「もちろん一生懸命頑張るよ」
「任せて利乃ちゃん。私、六〇点は超えて見せる!」
「俺は、九〇は狙うつもり」
 三人は自信満々に宣言した。

 第五話 中間テスト始まる。光洋蒼白、五郎次爺ちゃん大歓喜!?
 
 迎えた金曜日、中間テスト初日。淳甲台高校一年二組の教室。
「梶之助殿ぉ、昨日は勉強したか?」
「まあ、一応ね」
 朝八時十五分頃に登校して来た梶之助は、出席番号通りの席に着くなり光洋から話しかけられた。光洋は中学の頃から、テスト期間中だけはいつもより早めに登校して来ているのだ。
「やるなあ。おいら、昨日は全然勉強出来んかったぜ。帰ってからファ○通とチャン○オン読んで、深夜アニメの録画見て、深夜は深夜でリアルタイムで2ちゃんねるのアニ関実況スレと併せて見て。木曜深夜は多いからなぁ」
 光洋はにこにこ笑いながら報告する。
「やっぱ誘惑に負けたのか」
 梶之助は呆れ返った。
「それはボクも同じでございます。昨日の帰りに購入してしまったG○文庫の新刊三冊、ついつい読み漁ってしまいましたよん」
 秀平は登校してくると、苦笑いを浮かべながらこう伝える。
「とか言って、どうせまた学年トップ取るんだろ」
 光洋は笑いながら問う。
「微妙ですねー。この高校、周りの学力水準がすこぶる高いですしぃ」
 秀平は表情変えぬままこう答えて、自分の席へと向かっていく。
 同じ頃、利乃、千代古齢糖、秋穂の三人も近くに寄り添っていた。
「千代古齢糖さんは、昨日帰ってからはちゃんと勉強しましたか?」
「いやぁ、それが、数Ⅰの問題解いてたつもりが、いつの間にかバラエティ番組に浸ってたよ」
「やっぱり。中学の頃と全く変わってないわね」
 利乃は呆れ顔。
「ワタシも、そんなにはしてないよ。いつの間にかマンガに手が伸びてたー」
 秋穂はにこやかな表情で打ち明ける。
「秋穂さんまで」
 利乃はさらに呆れてしまう。
 けれども千代古齢糖も秋穂も口ではああ言いながらも、数学Ⅰは思ったよりは手ごたえがあったようなのだ。
 初日の日程が終わると、例の四人は安福宅へ集い数学Aと英語、そして来週月曜に行われる古文と公共に向けて勉強稽古。
 梶之助、千代古齢糖、秋穂の三人は土日も安福宅に集い、利乃といっしょに勉強稽古を行ったのであった。
「利乃ちゃん、そろそろ十両の取組が始まるから私もう帰るね」
「待ちなさい! 千代古齢糖さん。今日のスケジュールまだまだ残ってるでしょ」
 午後一時頃から夕方六時半頃まで。

       ※
 
 次の火曜日。中間テスト三日目終了解散後、光洋、梶之助、秀平の三人は近くに寄り添う。
「今日は二〇日だよな。梶之助殿、ドラ○ンマガジンとファ○タジア文庫の新刊、今日発売だから駅前の本屋までいっしょに買いに行こうぜ」