「もう五時半過ぎてるな。今から相撲見に行っても、結びの取組にも間に合わないから、そのまま東京駅に向かおう」
 JR秋葉原駅に向かって歩きながら、梶之助は提案する。
「すまねえ梶之助殿、相撲まで見れなくなってしまって」
「いやいや、自由席で上の方からどうせ良く見えないし。テレビで見た方がよっぽどいいよ」
 梶之助も、
「ボクも、相撲見る気なんて微塵もなかったからね」
「わたしも、べつにいいですよ」
「ワタシもだよ。コウちゃん、気にしないでね」
 秀平も利乃も秋穂も、そのことを咎める気はなかった。
 ただ、
「残念だなぁ。生で見たかったなぁ。せっかくの機会だったのに」
 千代古齢糖だけはこんな様子だった。
「……」
 光洋はさらに強い罪悪感に駆られる。
「光ちゃん、明日、掃除当番代わってね。それで許してあげるよ」
 千代古齢糖はウィンクをしながら言う。
「どっ、どうも」
 光洋はやや緊張気味に深々と頭を下げて、礼を言った。
 こうして一同はJR秋葉原駅から山手線外回りで東京駅へ。キャラクターストリートなどでお土産と、駅弁を買い、午後六時半頃に発車する新大阪行きのぞみ号、自由席二号車に乗り込む。
「東京観光、横綱級にめっちゃんこ楽しかったよ。また行きたぁい」
「ワタシもすごく楽しかったー。特に上野動物園」
「お台場とか東京タワーとかスカイツリーとか、皇居とか国会議事堂とか、築地とか、テレビ局とか、他にも行きたい所、いっぱいあったけど、やっぱり一泊二日じゃ回り切れないわね」
 三列席に通路側から数えて千代古齢糖、秋穂、利乃。
 男子三人組はそのすぐ前の三列席に通路側から光洋、秀平、梶之助の順に座った。
「帰ったら十時頃だな。今夜は見たい深夜アニメないし、早めに寝て、疲れを取らねば……あっ、そういえば、おいら、まだ明日までに提出の数ⅠAと古文と英語の宿題、全然やってねえ」
「私もだぁっ。やばいよ。大関級のやばさだよ。ねえ梶之助くん、明日の朝でいいから写させてね」 
 光洋と千代古齢糖は、ふとその現実に気づかされてしまった。
「そう来ると思ってた。俺はもう金曜のうちに全部済ませたよ」
「わたしも当然のように済ませました」
「ワタシも済ませてから来たー」
「ボクもだよーん」
「梶之助くんに、利乃ちゃんに秋穂ちゃん、秀ちゃんは横綱級に真面目だね」
「おいらには到底真似出来ないぜ」
 四人にとっては当たり前の行いに、千代古齢糖と光洋は深く感心していた。
       
 午後九時過ぎ、のぞみ号は終点、新大阪駅に到着。一同は在来線快速に乗り換え、それぞれの自宅最寄りのJR西宮駅へ。ここで別れを告げて、それぞれの自宅へと帰っていった。
「ボンソワール梶之助ぇ、生で見る大相撲は凄かったじゃろう?」
 梶之助が自宅に帰り着き茶の間に向かうと、さっそく五郎次爺ちゃんから生き生きとした表情で尋ねられる。
「うん、上の方の自由席だったから、見えにくかったけど」
(本当は東京名所巡りしてて、大相撲は観戦しなかった。とは言えない)
 梶之助の今の心境。彼は一応、新幹線乗車中にスマホをネットに繋ぎ、十両以上の全ての取組結果を確認していた。
「なーんじゃ、資金いっぱい渡したんじゃし高い席で見れば良かったのに」
 五郎次爺ちゃんは上機嫌だ。
「おれの金なんだけど」
 権太左衛門は顔を顰める。
「父さん、これ返しておくね」
「さすが梶之助。あまり使わずに済んでくれたんだな」
 梶之助は東京土産を卓袱台に置き、余ったお金を権太左衛門に全額きちんと返してから、風呂に入り自室へ向かう。月曜にある授業の準備も金曜のうちに既に済ませていたため、すぐに就寝することが出来た。

 第四話 中間テスト間近 優等生の利乃ちゃんちで勉強稽古

 翌朝、旅行明け月曜日、七時五〇分頃。鬼柳宅。
「ボンジュール梶之助ぇ。久し振りの特製ドリンクじゃ。飲んで背ぇをぐんぐん伸ばせ。骨を丈夫にするゼラチンもたっぷり入っておるぞ」
「だからいらねえって」
 梶之助は先週の金曜日以来三日振りに特製ドリンク(今日はシソとサクランボと枇杷とクラゲのミックスジュース)を振舞われ、即効流しに捨てる。五郎次爺ちゃん拗ねて寝込む。そのあと千代古齢糖が迎えに来て、二人はほぼいつも通りの時刻に登校。
 普段通りの日常が戻って来た。
 八時二〇分頃、淳甲台高校一年二組の教室。
「おっはよう! 秋穂ちゃん、利乃ちゃん」
「おはよう、千代古齢糖さん、元気ね。わたし、筋肉痛が」
「おはよう、ショコラちゃん。ワタシも筋肉痛だよ。今日のダンスはつらそうだよぅ」
 利乃と秋穂も普段通りの時間に登校していた。
「私は全然平気だよ。二人とも運動不足だね」
 千代古齢糖は爽やかな表情で言った。
「やっぱ普段からトレーニングしてる子は違うわね。さてと、中間テストまであと四日しかないし、旅行から気持ちを切り替えなきゃね。今日からテストが終わるまで、放課後毎日わたしんちでいっしょに勉強会をしませんか? みんなでやると、勉強がより一層捗そうなので」
「それはいいね。ワタシのお部屋は誘惑が多過ぎるし」
「利乃ちゃん、関脇級のグッドアイディア」
 利乃の誘いに、秋穂と千代古齢糖は快く乗った。
「やぁ、梶之助殿ぉー。おいらまだ旅行の疲れが抜けないぜ。特に筋肉痛が。歩き過ぎたせいだな」
「ボクもただ今筋肉痛でありますぅ」
 光洋と秀平も若干疲弊した表情を浮かべながらもほぼ普段通りの時刻に登校してくる。
「おはよう光洋、秀平。俺も筋肉痛だ。柔道着は持って来たけど、今回も柔道見学しようかな」
「おいらもそうしよっと」
「鬼柳君、大迎君、サボり過ぎると、夏休み補習になっちゃうよーん」
 男子三人でそんな会話をしていたところへ、
「あのう、梶之助さんも、わたしんちでの勉強会のご参加お願いします」
 利乃が近寄って来て話しかけてくる。
「まあ、家では五郎次爺ちゃんが相撲の話ばかりして来て鬱陶しいからな」
 そんな理由で、梶之助は参加することにした。
「光洋さんと秀平さんも、もしよかったら来て下さいね」
「おいらはやめとく」
「ボクも、余計に効率が下がりそうですしぃ」
 利乃は誘ってくれるも、光洋と秀平は即、きっぱりと断った。
「そう言うと思ったわ。それじゃ、他の皆はわたしんちに五時頃に来てね」
     ☆
 約束した午後五時頃。
「こんばんはー、利乃ちゃん」
「こんばんは、来たよ。私んちのお菓子詰め合わせも持って来たよ♪」
「どっ、どうも」
 千代古齢糖、秋穂、梶之助の三人はいっしょに安福宅を訪れた。千代古齢糖はマカロンやエクレア、マドレーヌなどのイラストが描かれたアンティーク調なブリキ製の四角い菓子箱も持参していた。
「いらっしゃーい」
 利乃が三人の前に姿を現した瞬間、
「うわっ!」
 梶之助は思わず仰け反った。
「あっ! ごめんなさーい、梶之助さん。見苦しい姿をお見せしてしまって。わたし、お風呂上りはいつもしばらくこんなはしたない格好だから。すぐに上着着てくるね。皆さんリビングで待ってて」
 利乃は水玉模様のショーツと、真っ白なブラジャーだけの下着姿だったのだ。そんな彼女はそそくさと脱衣場へ戻っていく。