秀平は電話を代わり、加えて報告する。
「そっか。それじゃ、今から皆でそっちへ向かうから。皆で探そう」
『了解致しました』
『すまねえ、梶之助殿ぉ』
 再び光洋に電話が代わる。
「いやいや。じゃあ、あとで」
 梶之助はこう言って電話を切り、女の子三人にこのことを伝えた。
 こうしてここにいる四人はすぐに上野公園をあとにし、地下鉄を乗り継ぎ神保町駅前へと向かっていった。
 
     ☆

「梶之助殿ぉぉぉぉぉ~」
 指定されたA7出口から出ると、光洋が梶之助のもとにドスドスと駆け寄ってくる。
「光洋、泣くなよ」
 今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた光洋を、梶之助はやや呆れ顔で慰める。
「光ちゃん、いっしょに探そう」
「コウちゃん、みんなで探せばきっと見つかるからね。安心してね」
 千代古齢糖と秋穂は優しく声を掛けてあげた。
「光洋さん、またポケットにそのまま入れてたんでしょ?」
 利乃は光洋の側に寄り、険しい表情を浮かべ少しきつい口調で質問する。
「はっ、はい」
 光洋は俯き加減で、やや怯えながら答えた。
「光洋さん、昔ならこんなんだよね。何度同じ失敗繰り返したら分かるのっ? 小学校の時の遠足や、中学の修学旅行や、野外活動の時もこんなことあったでしょ! 皆にどれだけ迷惑掛けてるか分かってるの?」
「……うっ、ぅ」
 利乃に厳しく叱責され、光洋はとうとう泣き出してしまった。
「あらら、大迎君の目にも涙」
「光洋、それくらいで泣くなって」
 秀平と梶之助はそんな光洋を見て笑ってしまいそうになる。この二人はシンクロするように、学芸会の練習の際にアルトリコーダーを忘れて来て先生から叱られた光洋が、えんえん泣き喚きながら学校から脱走したのを目撃した小学校時代の出来事も思い出してしまったのだ。(当然のように光洋はすぐに先生に捕まえられた)
「まあまあ利乃ちゃん、そんな学校の先生みたいに怒らなくても。光ちゃんもすごく反省してるみたいだし」
 千代古齢糖は優しく利乃を責める。
「リノちゃん、コウちゃんに厳し過ぎるよ。コウちゃんも、宇宙食食べて元気出そう」
 秋穂はリュックから、国立科学博物館のミュージアムショップで購入した乾燥いちごを取り出した。
「……ごめんなさい光洋さん、少しきつく言い過ぎちゃったかも。わたしもいっしょに探してあげるから、今後は、本当に気を付けてね」
 利乃はちょっぴり反省気味。
「もっ、申し訳ない」
 光洋は深々と頭を上げる。ようやく泣き止んだ。
「ボクと大迎君は、秋葉原から万世橋を通り、この靖国通りに沿って歩いて来ました」
 秀平は冷静に伝える。
 そんなわけで、一同でこの場所から秋葉原方面へと向かって歩きながら、光洋の財布を探すことにした。
「この辺りって、夏目漱石の『こころ』にも出て来たね」
 都営地下鉄新宿線小川町駅付近に差し掛かった頃、秋穂は呟いた。
「そうなの? 私、夏目漱石さんの本は『坊つちゃん』と『我輩は猫である』しか読んだことないよ。それも途中まで。なんか難しくて」
「ワタシも『こころ』は読んだことないよ」
「わたしは、『こころ』は中学の頃一通り読んだことがあるわ。今わたし達は、こころの聖地巡礼をしてるわね」
 楽しそうに探す女の子三人に対し、
「見つからねえ」
 光洋はかなり暗い気分であった。
「日がだいぶ傾いて来ましたね」
「やっぱ関西よりも日が暮れるのが早いな」
 秀平と梶之助もあまり楽しい気分にはなれなかった。
 
 一同はとうとう万世橋の袂まで差し掛かった。けれども光洋の財布は未だ見つかる気配はなし。
「光洋さん、もういい加減諦めましょう。わたしが帰りの乗車券代払うので」
「そっ、それは、悪いよ」
 利乃の計らいに、光洋の罪悪感がますます増してしまう。
「あそこの警察署へ行ってみるか」
 梶之助は橋の近くあるビルを指し示した。
 その時、
 ミャーン。という鳴き声と共に、一匹の野良猫が皆の前に姿を現した。
「三毛猫さんだぁ。かわいい。お名前は、まだないのかな?」
 秋穂はうっとり眺める。白、黒、茶の斑模様だった。
「ということは、ほぼ百パーセント、メスね」
 利乃は生物学的見地から分析する。
「んぬ? 大迎君、あっ、あれって、ひょっとして」
 秀平は中腰姿勢になり、猫の口元を眺める。茶色く四角い物体をくわえていた。
「あれは……あの柄は、おいらの、財布だぁ!」
 光洋も屈み、力士の蹲踞姿勢のようになって観察して思わず声を漏らす。
 ミャッ!
 すると猫はすぐさま驚いてか逃げ出してしまった。一同が先ほど通って来た道を引き返すように。
「待て待て猫さん。神保町まで行ってその財布で夏目漱石の『我輩は猫である』でも買おうとしてるのかな? 私、結局ロンドンオリンピックに出られなかった猫ひ○しよりも背は低いけど、スピードは猫さんに負けないよ」
 千代古齢糖は猛スピードで猫の後を追う。
 他の五人も千代古齢糖の後を付いていった。
「ワタシ、サ○エさんのOPを思い出しちゃったよ」
 必死に猫を追いかける千代古齢糖の後姿を眺めて、秋穂はくすくす笑う。
 一同は再び靖国通りへ差し掛かる。
「ハァハァ。ボク、けっこう、疲れましたぁ」
「おっ、おいらも。もう走るのは無理だ」
「おっ、俺も」
 その頃には、男子三人とも息を切らしていた。
「あっ、ショコラちゃん、あそこで止まってる。やっと追いつけるよ」
「どうやら猫はあの木にいるみたいね」
 秋穂と利乃は千代古齢糖の側へと近づいていく。
「速いし、ジャンプ力がすごいよ。正攻法で捕まえるのは無理だね」
 さすがの千代古齢糖でも、猫の持つ俊敏さには適わなかった。猫は街路樹に難なく登ってしまう。千代古齢糖は悔しそうに見上げていた。
「こうなったら、餌で釣りましょう」
 利乃は鞄から、昨日浅草で買った人形焼を取り出し路上に置く。
 すると猫、
 ミャァン。
「おう、反応した。これぞ本当の猫だましだね」
 街路樹から飛び下り、餌のある方へトコトコまっしぐらに駆け寄って来た。千代古齢糖はにやりと笑みを浮かべる。
「猫さん、はっけよぉーい、のこった!」
 千代古齢糖と猫、一騎打ち。
 見事捕まえることが、
 ミャーォン。
「あっ、変化されちゃった。はやっ!」
 出来なかったが、猫はくわえていた財布をポトリと落としてくれた。
 ミャーォ。
 猫は皆から背を向けて、神保町方面と走り去っていく。
「はい、光ちゃん」
 千代古齢糖が拾い上げ、光洋に手渡してあげた。
「どっ、どうも」
 光洋は緊張気味に受け取ると、すぐに中身を確かめてみる。
 幸いなことに中身も無事、そのままだった。被害は猫の涎と、歯形だけで済んだ。
「光ちゃん、見つかってよかったね」
 千代古齢糖は優しく声を掛ける。
「うっ、うん」
 光洋は嬉しさのあまり、再び涙をぽろぽろ流す。
「光洋さん、相変わらず泣き虫ね」
「光ちゃん、あんまり泣くと『あー○あん』の絵本みたいにお魚さんになっちゃうよ」
 利乃と千代古齢糖はにこっと微笑みかけた。
「コウちゃん、よちよち」
 秋穂はハンカチを手渡そうとした。
「……」
 けれども光洋は拒否の態度を示し、ようやく泣き止んだのであった。