「たまたま取れただけだよ。先に、南中さんが、少しだけ取り易いところに動かしてくれたおかげだよ。はい、南中さん」
 梶之助は照れくさそうに言い、秋穂に手渡す。
「ありがとう、カジノスケくん。ナマちゃん、こんばんは」
 秋穂はさっそくお名前をつけた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。このぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。
「秋穂ちゃん、幸せそうだね」
 千代古齢糖はにこやかな表情で話しかけた。
「うん、とっても幸せだよ。ワタシ、コウちゃんのぬいぐるみもあったら欲しいなぁ。だってコウちゃん、ト○ロみたいだもん。癒し系だよ」
「確かに光ちゃん、ト○ロっぽいよね。私も光ちゃんの等身大ぬいぐるみがあったら欲しいーっ! 相撲ごっこに最適だから。秀ちゃんもの○太くんっぽいからぬいぐるみにしたら見栄え良さそう」
「シュウちゃんは、お勉強のすごく出来るの○太くんだね」
「二人とも、光洋さんと秀平さんにちょっと失礼でしょ」
 利乃はくすくす笑いながら注意する。
「光洋と秀平のぬいぐるみかぁ」
 梶之助も想像し、思わず笑ってしまった。
 その頃、当の光洋と秀平は1813号室でウェブサイトを見て遊んでいたのであった。
 ここにいる四人はこのあと最後の締めくくりとしてモグラ叩きゲームをすることに。
「千代古齢糖さん、反射神経も凄まじくすごいわね」
「ショコラちゃん、手が四本あるみたい」
「俺達三人で挑んでも、千代古齢糖ちゃんのスコア出せそうに無いな」
 千代古齢糖の機敏な手の動きに、他の三人は唖然。千代古齢糖は制限時間内に穴から出て来たモグラを一匹も逃さず叩き、見事パーフェクトスコアを出したのだ。
「このゲーム、横綱級の爽快感だよ」
 千代古齢糖は満面の笑みを浮かべ、快哉を叫ぶ。
 こんな風に楽しみ、それぞれの部屋へと戻っていった。
「よぉし、やるぞぉ!」
 千代古齢糖は1805号室に入るとそのままベッドの上に乗っかり、足をガバッと大きく広げて股割りをし始めた。
「トレーニング、今日も欠かさずやるんだね」
「うん、寝る前の日課だから。梶之助くんが飽きもせず毎日勉強してるのと同じことだよ」
「勉強は毎日必要だと思うけどね」
 梶之助はこう言いながら、英語のワークの確認をしていた。
 千代古齢糖はその後も腕立て伏せ、腹筋背筋運動、屈伸、すり足、四股踏みをこなしていき、ベッドにごろんと寝転がった時にはまもなく日付が変わろうという頃。
 梶之助も勉強道具を片付け、就寝準備を整える。電気を消して千代古齢糖の隣のベッドに上がると、
「ねえ梶之助くん、いっしょに寝て」
 千代古齢糖が突然こんなことをお願いして来て、同じベッドに移動してくる。
「ダッ、ダメだよ」
 梶之助はきっぱりと断った。
「あーん。私、ぬいぐるみさん抱いてないとぐっすり眠れないの。持ってこようと思ったんだけど、大き過ぎて入らなかったから。だから」
「俺をぬいぐるみの代わりにしようと思ったのか。ダメダメ。いっしょに寝るのだけはダメ」
 さらに強くせがまれても、断固拒否する。
「それじゃ、送り吊り落としの刑にしちゃおうっと」
 千代古齢糖はにやりと微笑んだ。
「えっ!」
 梶之助はびくっとなった。彼にとって一番掛けられたくない屈辱的な技なのだ。
 ちょうどその時だった。
 ピカピカピカッとジグザクに走る稲光が窓の外に見えた。
 その約三秒後、
 ドゴォゴォーンと強烈な爆音が鳴り響いた。
「びっくりしたぁー。かっ、梶之助くん。さっきの雷、めっちゃすごかったね。近くに落ちたのかも……」
「あっ……あの、千代古齢糖ちゃん」
 梶之助は気まずい気分になる。千代古齢糖が梶之助の膝の辺りにコアラのようにしがみ付いて来たのだ。
「ごめんね梶之助くん、私、今でも雷さんが怖いの」
 千代古齢糖は顔をこわばらせ、プルプル震えていた。
「そっ、そうだったんだ」
 梶之助は意外に思った。
 その時、
 ドゴォォォォォォォーンッと強烈なのがさらにもう一発。
「梶之助くぅん、怖いよう」
 千代古齢糖はさらに強く抱きしめて来た。
「いっ、痛いよ千代古齢糖ちゃん」
「いっしょに寝てぇぇぇー。お願い、お願ぁい」
「……しょっ、しょうがないなあ。今回だけだよ」
 甘えるような声で言われ、梶之助はしぶしぶ承諾した。
「ありがとう梶之助くん。恩に尽きるよ。おへそしっかり隠さなきゃ」
 こうして千代古齢糖は、梶之助と同じ布団にしっかりと潜り込む。
「あの、千代古齢糖ちゃん、あんまり密着しないでね。暑いし」
「うん!」
 雷はまだ、数十秒おきに鳴り続けていた。
 同じ頃、1807号室の秋穂と利乃は、
「リノちゃぁん、雷怖いよぅ」
「大丈夫よ秋穂さん。寒冷前線によるものだから短時間で止むと思うので」
 ベッドの布団に二人(間に先ほど梶之助に取ってもらったナマケモノのぬいぐるみ)で包まって過ごしていた。
 1813号室の光洋と秀平は、
「雷の音、うるさ過ぎる。テレビの音が聞こえにくいではないかぁ」
「天気予報通りになっちゃいましたか。どうせ鳴るならあと二時間くらい後にして欲しかったですね」
 U局で関西よりも先行で放送されている深夜アニメを熱心に視聴していた。
「早く、治まって欲しいものだな」
 光洋は若干、雷に怯えていたのであった。
     ☆  ☆  ☆
 朝七時半頃、1805号室。
(もう朝か。真夜中の雷は凄かったな)
 梶之助は目覚まし時計に頼らず自然に目を覚ました。
「ん?」
 瞬間、左腕に妙な違和感が。
 むにゅっ、としていた。
「これって、ひょっとして……はっ、離れない」
 梶之助は焦りの表情を浮かべる。強く締め付けられていたのだ。
「しょっ、千代古齢糖ちゃん、起きて」
 自由になっている右手で、千代古齢糖の頬を軽くぺちぺちと叩く。
「……んにゃっ、あっ、おはよう、梶之助くぅん」
 すると幸いにもすぐに目を覚ましてくれた。寝起き、とても機嫌良さそうだった。
「早く、俺から離れて」
「梶之助くぅーん、何焦ってるのぉ?」
 千代古齢糖はぼけーっとした表情。
「俺の腕が、その……」
 梶之助は視線を下に向ける。
「あっ! 私のおっぱいが、梶之助くんの腕にがっぷり四つになってたんだね」
 千代古齢糖はついに今の状況に気付いたが、特に取り乱すことなく冷静に自分の腕を梶之助から離した。布団から出て、ゆっくりと起き上がる。
「しょっ、千代古齢糖ちゃん、どうしてパンツ一枚だけになってるんだよ?」
 千代古齢糖の格好に梶之助はドン引き。すぐに壁の方を向いた。
「暑かったから、無意識のうちに脱いじゃったみたい。男の子がお相撲取る時の格好になってたね。でも、すごく気持ちよく眠れたよ」
 千代古齢糖は照れ笑いしながら言う。
「とっ、とにかく、早く服着て」
 梶之助は壁の方を向いたまま命令する。
「分かったよ、梶之助くん。そんなに慌てなくても」
 千代古齢糖は笑いながらリュックのチャックを開け、普段着を取り出す。着替え始めてくれた。
「着替えたよ、梶之助くん」
 三〇秒ほどのち、千代古齢糖から伝えられると、
「……」