第一章 芽吹き
「ああああああ!!」休み時間。教室に響き渡る盛大な叫び声。「よっしゃー!おっれの勝ちー!やっぱし限定SSR引いたかいあったわー。つか、透夜うっせーぞ!流石に学年主任来たらやべーって!」「お前も人の事いえねーだろーが!幸也!」
キーンコーンカーンコーン
「うっわやっべえチャイムじゃん!またなー透夜ー!」バタバタと騒々しい足音と共に幸也が教室に戻っていく。
「ふう」幸也が行ってしまうと教室の景色はがらりと変わる。つっても空の色とか花瓶に挿してあるどこぞの枯れそうな青い花も変わりはしない。ただただ似たような顔があるだけだ。俺には自分の家族と親友の幸也以外の人間は同じ顔に見える。
でも、癖とか髪型は違うから、見分けられはするし、話もあわせられる。
休み時間が終わっても、だれかの机にたむろし続けている奴らも、生真面目に勉強してるやつもみんな同じ。
そう思ってたのに。
「おーい。お前ら席替えするんだから、くじを引け!くじを!」担任の赤塚の声で教卓に目をやる。
ほかのやつらは騒いでるけど、俺にはカンケーない。自分の番になり渋々席を立ちくじを引く。
引いたくじを係りのやつに見せたら終わりだ。ふと窓の外をみる。腹立つぐらいに綺麗なブルー。ふんと鼻を鳴らして前を見る。
ちょうどくじ引きが終わったみたいだ。こんなの何の意味があるっていうんだ?心の中でため息をついて席を移動させる。
横の席になった柚木奈菜が話しかけてくる。
「てかー、桜庭ー!古文のテスト何点だったー!?」
「いやー!俺、天才だからーそういうのないしー!てか柚木こそどうだったんだよー」
いつものオレの声。でも、ときどきわからなくなる。
オレだけど俺じゃない的な?気持ち悪くなる時だってある。まるでゴールのない迷路にいるみたいだ。
「えー!なにそれーww桜庭っていつもそうじゃーん!」そりゃそうだ。だって自分が自分であるかすらわかんなくなるくらい、嘘つき続けてきてんだから。そりゃ、もう、天才だよな。
「その点、さららはすごいよねー!どうせまた学年でトップファイブくらいにははいってるんでしょー?!」甲高い奈菜の声。
そんなこと微塵も思ってなさそうに聞こえるのは俺だけだろうか。ゆっくりと奈菜の前の席を見る。
少し低めに結えられた髪に暗めのピンクの眼鏡。そしてすっごく地味な顔のやつ。卯月さらら。
「いやー、、、今回はけっこう記述で落としちゃったし。」すこし落ち着いた声に柔らかい笑顔。
失礼かもしれないが見るからにモテなさそうだ。
「天才だ!」大げさに、それでも真剣そうに、言う。普通なら少し照れるか「そんなことないよー」とかいう社交辞令だ。
でも、そいつは、卯月さららは違った。ただニコりとほほ笑んでいた。それは、ほんの数秒の事だったと思う。
オレは初めて俺と似ている奴に会えたと思った。さららの悲しさと哀しさが混じった愛想笑いはなぜだかとても美しかった。
その時、初めて、俺という本の十四ページのなかに恋という文字がつづられた。