こいつ……。
 映画が始まってまだ10分も経っていない。しかし隣の席の謙吾はすでに夢の中。
 一応デートだと思ったからペアシートを予約したのよね。シアターの隅の席だから気を使わなくていいけれど、それにしても重い。左側から上背もある謙吾の頭が私の頭に乗っかかっている。
 スース―と寝息が頭にかかる。リラックスしすぎなんじゃないの?
 隣との距離がゼロ。密着したこの状態では謙吾の体温や体臭がはっきりと伝わる。
 思い出されるのはあの時のこと。過去に一度だけ距離感マイナスで謙吾と密着したあの時の――。
 ……別に嫌ではないんだけど。

「悪い。全く記憶がない」
 映画が終わって遅めのディナーを、と予約していたビアバーで平謝りする謙吾。