「で、でも、7年も髭面だったんでしょう?」
「ああ。前にも言ったと思うけど、人材サービスなんて会社をしていると、ちょっと年齢的には上に見られた方がいいんだ。髭はそのためにも役立ったし」
「そうじゃなくて! だってそれじゃあ……だ、誰かとキスとか……」
 そうよ。そんなに気遣っていたなら、あの濃い髭でこれまでの彼女を傷つけることがあったんじゃないの?
「だから戒めなんだって。髭面にしておけば、誰ともキスなんてできない。元より糸以外の女とするつもりなんてなかったがな」
「……!」
「でも、今は違う。あの時のことが誤解だったってわかったんだ。俺はやり直したい。糸に痛い思いをさせずにキスしたい。糸と、ちゃんと付き合いたい。糸が結婚したいなら、俺としてほしい。だからもう髭面は卒業だ」
 ソファーに座る私のもとへ謙吾がやってきてひざまずいた。
「糸、好きだ。俺と結婚してくれ」
「謙吾……!」
 私は思わず抱きついた。まさかあの髭面にそんな意味があったなんて思いもしなかった。ずっと私を想ってくれていたんだ。
 頬にあたる謙吾の頬。髭を剃りたての頬はすべすべしていた。