謙吾はこの部屋を最初から取っていたと言った。
 車でビアガーデンに行ったのだから、運転して帰ることはできない。だからあらかじめ予約したのだろうということはわかる。
 でもなぜこんな部屋を?
 予約をした時点で、私との夜を考えてくれていたのだろうか。たとえそうだったとしても、ツーベッドルームって……?
 当たり前のようにツーベッドルームだと言った謙吾の言葉が気になる。

「待たせたな」
 入口に近い部屋のバスルームから謙吾が出てきた。
「謙吾大丈……えっ」
 そこには顔の半分を覆っていた髭のなくなった謙吾が立っていた。
「ちょっと、どうしたの⁉ なんで突然髭を剃ったの!?」
「もう、糸を傷つけたくないからだ」
「え……」
「あの髭は、俺にとって戒めだったんだ」
「戒め……?」
「あの夜、糸を傷つけたと思ったから。いや、実際あれだけ赤くなって擦り傷のようになっていたんだ。痛かったと思う。もう絶対糸を傷つけないように、髭面にしておけば、安易に糸に近づくなんてことしないだろう? 俺自身に物理的にストップをかけるようにしてたんだ」
「へ?」
 そんなことを考えてたの⁉