「この部屋、ツーベッドルームだからシャワー室がもう一つついているんだ」
「あ……そう、なの」
 そういえば、やたらと豪華な部屋だ。こんな部屋を用意してもらったなんて申し訳ない。
「俺のことは気にするな」
「謙吾……ごめん」
「いや、俺が悪かった。手が届かなくて申し訳ない。ケガないか?」
「大丈夫」
 私が勝手にキレただけだ。謙吾は何も悪くない。
 プールに落ちて、すっかり酔いは覚めてしまった。せっかく素敵な夜だったのに、私ったら何してるんだろう。
「謙吾は悪くない。私が勝手にキレただけ……。ホテルの人にも迷惑かけちゃって、本当に私……」
「糸、それは何も気にすることない。ここも元から予約してた部屋だから」
「へ?」
「それより、さっきのことだ。俺の認識では、フラれたのは俺のはずなんだが」
「……? 何言ってるの?」
「あの夜、俺は追い出されたんだよな? メッセージもブロックされて……俺に愛想をつかしたのは糸の方だろう?」
「違っ……追い出したのは確かにそうだけど『こんなつもりじゃなかった』『後悔してる』って言ったのは謙吾の方じゃない!」
「ああ。糸を傷つけるつもりなんてなかったんだ。俺、髭が濃いから……その……痛かっただろう? 顔とか、む、胸のあたりとか、真っ赤になって擦り傷だらけで……」
「…………ん? 髭? なんのこと?」
「え? 違うのか?」
「……」
「……」
 おそらく私たちはお互いにあの時の会話を頭の中で再現していたはずだ。