「小学1年生の頃。給食でトマトが出たんです」


 丸くて真っ赤な大きなトマト。


「そのトマトは大きくて、当時自分のてのひらくらいありました。当時トマトが苦手だった私は、どうしても食べたくなかったんです。
けれど、こっそりと残したトマトに先生が怒って、だれが丸々残したんだー!って、犯人探しがはじまりました…。
給食の時間が終わって、もう昼休みに入っていたので、私は慌てて教室から逃げ出しました」


 当時のことを思い返すと、胸が苦しくなる。


 後ろから聞こえてくる先生の怒号が恐ろしかった。


「それから給食が嫌になってしまって、学校に行くのも嫌になってしまいました…」


 嫌いなものを無理やり食べなくてはいけない時間。


 残すと先生に怒られてしまうという恐怖。


 本来楽しいはずの給食の時間は、私にとっては苦痛以外のなにものでもなかった。


「そんなとき、お母さんが私のために、私の好きなものをたくさん作ってくれたんです」


 ミートソーススパゲッティや、ハンバーグ、カレー、ケーキやクッキーなんかも焼いてくれたっけ。


 家でお母さんとお父さんと食べるご飯だけは、すごく楽しくておいしかった。


「お母さんは言ってくれました。『好き嫌いはよくないことかもしれないけれど、ご飯の時間を嫌いになることが、一番悲しいことよ。だれかと食べるおいしいご飯、だれかと過ごす楽しいご飯の時間を大切にしなきゃ』、って」


「うん」


 いおり先輩は穏やかに私の話を聞いてくれている。


「その時に、こんなことも言ってました」


『お母さんもね、美桜と同じくらいのときは好き嫌いが多かったの。でも少しずつ苦手なお野菜に挑戦してみたら、案外おいしかったりもして、いつしかお野菜が好きになっちゃった!
大人になったら案外平気になる食べ物だってたくさんあるんだよ。避けてばかりじゃなくて、そのお野菜を好きになる努力もできるといいね』


 優しく笑って私の頭をなでる母を、私は何度も思い返している。


「お母さんの言葉のおかげで、私は学校に戻ることができました。野菜にも、少しずつチャレンジしようって思えたんです。
けれど…、そんな明るくて優しいお母さんが、病気で倒れてしまったんです」


 それから私は、お母さんに心配をかけないよう、さらに苦手な野菜にチャレンジするようになった。自分でも料理をはじめた。


 お母さんといっしょに作ったときのことを思い出しながら、またいつかお母さんといっしょに料理ができるように。