「では、もう一つお聞きします。私を攫ったまではいいですが、その事実はギュスターヴに伝わっているのでしょうか? 脅迫状やら犯行声明やらはちゃんとお出しになりましたか?」
「脅迫状? 犯行声明だとぉ? そんなものなくても、子が行方不明になったら、魔王の野郎だって……」
「お言葉ですが、あの方は少々私の姿が見当たらなくてもそこいらで遊んでいると思っていらしゃいますよ。門限の五時にならないと迎えにきません」
「門限五時かよ! 過保護か!」

 そうなのです。半月経っても、私の門限はいまだ五時のままなのです。
 逆を言えば、午後五時になると、私が魔界のどこにいようともギュスターヴが簡単に探し出して城に連れ戻してしまいます。
 ですので最近では、歩いて帰るのが面倒になったら五時までその場で時間を潰すという、合理的かつ効率的な毎日を送っておりました。
 しかしながら、現在の時刻はまだ午後一時を回ったところ。
 門限まで四時間近くありますし、それまでこのガサガサワサワサゾワゾワとそこにいるだけで騒がしい相手と一緒なのは心底ご遠慮願いたいところです。
 携帯端末で連絡できればいいのですが、あいにくこの地下深くまでは電波も届かないらしく、圏外になっております。
 そういうわけですので、私は一刻も早くこの状況を打開すべく、最も合理的かつ効率的な手段に打って出ることにました。

「お手数ですが、あなたのその鋭い爪で、私の腕をプスリとやっていただけませんか?」
「何だとぉ!?」
「おっしゃる通り、ギュスターヴは私の〝お父さん〟を自任していらっしゃいます。私の血が流れたと知れば、あの方も焦るかもしれませんよ。魔王の焦っている顔──見たくありませんか?」
「……み、見たい」

 かくして、クモ之介の鎌の先みたいな爪が、私の左腕にサクッと突き刺さります。
 この紛い物の身体には痛覚が備わっておりませんので、痛くも痒くもないのですが、自分の中に異物が入り込むというのはやはり気持ちのいいものではありませんね。
 傷口から鮮血が溢れ出すのを感じれば、自ら望んだこととはいえ少しばかりぞっとしました。
 ぽたりっ、と一滴。
 私の血が硬い岩盤の上に垂れる音が、いやに大きく響いたような気がしました。
 そのとたんです。