「……齧ってごめんなさい、ギュスターヴ。痛かったですか?」

 ギュスターヴは否と返して、自身と同じ色になったアヴィスの髪を撫でる。
 優しく、丁寧に、心から慈しむように。
 自分の血肉で健気に生きるこのか弱い存在が、彼はとにかく可愛くてならないのだ。
 ただひたすら無償の愛を授けたくなるこの衝動を、親心と言わずに何と言おう。
 口付けなど、もはや挿し餌だ。それで肉欲を刺激されるほど青くはない。
 そう思っているギュスターヴは胸の上にいた〝我が子〟を引き寄せると、その唇を塞いだ。
 じんわりと熱を奪われるのが、寝起きの気怠い身体には存外心地いい。
 彼はなおも無垢な唇を啄みながら、ふと呟いた。

「私の寝首を掻く者がいるとしたら……それはお前だろうな、アヴィス」

 とたん、元は緑だったという瞳をぱちくりさせたアヴィスが、慌てた様子で唇を離す。
 今は赤い瞳でギュスターヴを胡乱げに見つめ、彼女はふるふると首を横に振った。

「うっかりあなたを倒したりなんかしたら、今度は私が魔王を務めることになるのでしょう? 全力でお断りです。そんな面倒なこと」
「ほう、魔王は面倒か?」

 面白そうな顔をして問うギュスターヴに、アヴィスはいやに神妙な顔をして、大きくこくりと頷く。
 かと思ったら次の瞬間、その表情は一変。
 にっこりと、あまりにも無邪気な笑みを浮かべて言うのである。

「私はこのまま、ギュスターヴの脛を齧って面白おかしく生きるんですもの」
「──愛い」

 今日もまた、魔界の平和な一日が始まる。




『第二章 死に損ないと血に飢えた獣』おわり