*******



 
 大きいばかりで飾り気のないベッドに、目が痛くなりそうなほど真っ白いシーツ。
 天蓋から垂れ下がるカーテンも、白。
 この真っ白い世界で眠るのは、神とは対なす存在──魔王である。
 ふいにその瞼が震え、銀色の長いまつ毛の下から鮮やかな赤が覗いた。
 気怠げに小さく息を吐いてから、魔王ギュスターヴは口を開く。

「……アヴィス」
「ふぁい」
「……何をしている」
「……ぷは。血を吸っていました」

 彼の喉元に突っ伏すようにして齧り付いていたのは、魔界にやってきて間もない人間の魂である。
 髪と瞳の色以外は生前のままの姿だが、その身を構成するのはギュスターヴを筆頭とする魔物の血肉。
 そして、その中に吸血鬼ジゼルの血肉も入っていると判明したのは、つい昨日のことだった。

「夢魔の血肉のおかげで精気を吸えるのですもの。吸血鬼の血肉が入っているのなら、血も吸えるのではないかと思いまして」
「なるほど?」

 恐れ多くも魔王の寝込みを襲った元人間アヴィスに悪怯れる様子はない。
 仰向けに身体を横たえたギュスターヴの上に乗っかって、呑気に頬杖を突いている。
 彼女は何も知らない。
 今まで魔王の眠りを妨げた者が、故意であろうとなかろうと、一様にどんな凄惨な末路を辿ったのかを。
 ギュスターヴの方も、わざわざそれを語るつもりはないようだ。
 アヴィスの唇を親指の腹でそっと開かせ、その牙と呼ぶにはあまりにもいとけない犬歯に眦を緩めている。
 
「ジゼルは、とてもギュスターヴの血を欲しがっていたのです。どれほどおいしいのかと思って確かめてみました」
「ふむ、それでどうだった? 私の血はお前の口に合ったか?」

 勝手に血を吸ったことを咎めもせずに問うギュスターヴに、アヴィスは小さく首を傾げる。
 それから、彼の胸に顎を乗せて答えた。

「よく、わかりません。おいしくもまずくもないです。これだったら、わざわざギュスターヴに痛い思いをさせて血を吸うより、精気をいただいた方が心が痛まないです」

 その言い草に、ギュスターヴは吐息のような笑いを漏らす。
 すると、少しだけばつが悪そうな顔になったアヴィスが、今度は彼の胸に頬をくっ付けて小さな声で呟いた。