強大な敵を前にして、死人にかまっている場合ではなくなったのでしょう。
 ヒヨコに背を向けた首無しの身体が、こちらに──魔王ギュスターヴに掴みかかろうとします。
 刎ね飛ばされて宙を舞っていた首も、うまい具合にその断面の上に着地して、元通りの美しい吸血鬼に戻った──のも束の間。

「切って殺すのならば、再生が追い付かぬほどの速さで──」

 私は一瞬、何が起こったのか理解できませんでした。
 だって、ギュスターヴに掴み掛からんと迫っていたジゼルの体が、次の瞬間にはただの肉片になってしまっていたのです。
 ギュスターヴがしたことといえば、殊更爪が尖っているわけでも、刃が付いているわけでもない優美な指先で、さらりと空を撫でただけ。
 そんな中、ふいにギュスターヴがマントを脱いで、私をすっぽり覆うように上から掛けてしまいます。
 理由は、その後の展開を律儀に解説してくれたおかげで理解できました。
 ヒヨコ相手にまるで教鞭を執るように、魔王は淡々と続けます。

「最も効果的かつ確実なのは、燃やすことだ。魔物であろうと人間であろうと天使であろうと、肉体は等しく可燃物──灰になってはもはや蘇生も叶わん」

 とたん、ゴウッと音を立てて炎が上がります。
 さっきまでジゼルであった肉片も、ヒヨコの二本の刃に付着した血や脂までも、ことごとく飲み込まれてしまいました。