「──んむっ!」

 私も彼女の両頬を掴んで、ガブリッと食らいついてやったのです。

 首筋ではなく──唇に。

「──っ!?」

 至近距離で見開かれた吸血鬼の瞳は、やはりギュスターヴのそれよりも濁った赤。
 そこには、意外なほど冷静な表情をした私が映り込んでいました。
 ええ、自棄になって食らいついたわけではないのです。
 ギュスターヴの寝室でオランジュに精気を吸われた際に、身体の力が抜ける感覚を覚えたのを思い出したのです。
 もちろん、それでジゼルをやっつけられるとは思ってはいませんでしたが、少なからず意表を突くことには成功したようです。

「ぐっ、こ、この……小娘がっ……!」

 ジゼルは私を突き飛ばし、牙を剥き出しにして叫びました。
 その顔は怒りで真っ赤に、というよりは……あらあらあら、まあまあまあ。
 耳まで真っ赤。
 もしかして、赤面していらっしゃいます?
 思いがけず初心な反応に驚きつつ、しかし私も口元を押さえて床に倒れ込んだまま突っ込む余裕もありません。
 しかしヒヨコは、ジゼルの気が自分から逸れた瞬間を見逃しませんでした。
 頭を踏みつけていた足を振り払い、ソファをひっくり返す勢いで飛び起きます。
 双剣はたちどころに弧を描いて、吸血鬼の両の腕を切り落としました。
 けれども、それはすぐに意味を失います。

「何度切っても、無駄ですわっ!」

 瞬時に再生したジゼルの両腕が、ヒヨコの首を掴んで吊し上げてしまいました。
 そのまま圧倒的な力で締め上げられ、ヒヨコの両足が宙を掻きます。
 いかに剣の腕が立とうとも、元々は人間でしかないヒヨコでは生粋の魔物には歯が立たないのでしょうか。

「……っ、くっ! ヒヨコ……ヒヨコ!!」

 私は喘ぐように彼を呼びます。
 すでに死人である彼の首の骨が折れたとして、その結果どうなってしまうのか。
 私には想像もつきません。
 滲む視界を泳ぎ、床を這い寄ってくる私を見て、ジゼルが熱に浮かされたような声で言いました。

「わたくしの唇を奪うなんて、いけない子ですわ。この死人を片付けたら食べてあげますから、そこで大人しく待っ……」

 ふいに、ジゼルの言葉が途切れます。
 不思議に思って、私が顔を上げようとした時でした。