「ああ……」

 我が身を見下ろして、私はほとほとため息を吐きました。
 だって、膝を擦りむいてしまったのです。
 しかも、右も左も、両方とも。
 痛覚がないとはいえ、これではまるでわんぱく少年みたいではありませんか。
 まあ、ただすっ転んだだけなんですけれど。

「はあん……なんて芳しいのかしら……これが、魔王様の血の匂いなのですね……」

 そんな私のわんぱくな膝を眺めてうっとりとしているのは私のフォロワー、血に飢えた獣さん。
 その正体は数百年を生きる魔物で、この吸血鬼溢れる屋敷の親玉だったのです。
 女吸血鬼は、ジゼルと名乗りました。
 そうして、魔王の血肉から生まれた私の血を欲して、こうして屋敷に招いたと言うのです。

「ギュスターヴの血がほしいのでしたら、本人からいただいてくださいませんか?」
「それができないから、こうして代わりにあなたをいただこうとしているのですよ。魔王様がどれほど恐ろしい方か……あなたはちっともご存知ないんですのね」

 両膝を擦りむいたのは、ジゼルにいきなりガブリとやられそうになって、とっさにその膝から飛び降りたせいです。
 着地に失敗して両膝を打ちつけたものの、痛覚がないおかげでどうにかこうにかすぐに立ち上がって距離を取ることができました。
 けれども、安心したのも束の間……

「ヒヨコを離してあげてください。死人の血は吸わないのでしょう?」
「うふふ、だめですわ。だってこの子、わたくしの邪魔をしますもの」

 壁まで吹っ飛ばされていたヒヨコは慌てて駆け戻ってきて、ジゼルを切りつけました。
 ところが、当の吸血鬼は胴を真っ二つにされて臓腑を撒き散らしておきながら、廊下に溢れていた連中と同様に──いえ、彼ら以上の早さで復活してしまったのです。
 その有様はまさしく不死身。
 ジゼルはさらに、そのたおやかな姿からは想像もつかないほどの怪力でした。
 座っていたソファを片手で掴み上げ、それでもって容赦無くヒヨコを殴り付けたのです。
 かと思ったら、床に倒れこんだ彼の背中にソファを乗せ、頭を足置きにして座り直してしまいました。
 細長いヒールが、ヒヨコのフードに杭のように食い込みます。
 ヒヨコはどうにかして抜け出そうと懸命にもがいていますが、びくともしません。
 ジゼルは窓から入る光をさんさんと浴びながら、慄く私の腕を掴みました。