「え?」

 すぐ横を通り過ぎようとして初めて、私は気がつきました。
 私達が入ってきた扉に背を向けて置かれていたソファに、誰かが座っていたことに。
 私だけならともかく、ヒヨコが気づかなかったのは驚きです。
 ソファに座っていたのは、長い黒髪の美しい女性でした。
 瞳は赤ですが、ギュスターヴの鮮やかな赤とは違って、こう言ってはなんですが澱んだ血のようなどこか昏い色をしています。
 肌も、色白を通り越して青白くさえ見えました。
 ちょうど、さっきまで群れをなして私とヒヨコを襲っていた、吸血鬼みたいに──

「──ヒヨコ!?」

 気がつくと、私の手を引いていたヒヨコは吹っ飛ばされて、壁に背中をめり込ませていました。
 一方、私はというと……

「あ、あの……」
「うふふ」

 いつの間にか、ソファに座った不健康そうな女性の膝に抱かれていたのです。
 私よりは幾分背の高そうな彼女の身体は、襟の詰まった袖も裾もたっぷりと長いドレスに覆われていて、肌が見えているのは顔と手の指先だけという徹底ぶり。
 ほぼ裸な夢魔オランジュとは対照的です。
 ただし、ドレスの色がどピンクなので、オランジュとは別の意味で直視が憚られました。
 私はゴクリと唾を呑み込むと、おそるおそる尋ねます。

「もしかして──あなたが、〝血に飢えた獣〟さん?」

 とたん、彼女はにっこりと微笑みました。
 その赤い唇からは、長く鋭い犬歯が覗いています。
 尖った爪の先で私の頬を撫でながら、彼女は謳うように言いました。

「ええ、お待ちしていましたよ──〝死に損ない〟ちゃん」

 記念すべきフォロワーとの初対面は、お互いのアカウント名のせいで罵倒し合っているみたいになってしまいました。