案の定、ヒヨコは最後には頷いてくれました。
 そういうわけでやって参りましたのは、魔王城から見て東に位置する、少し離れた森の奥にある屋敷です。
 ちなみに、魔界魔界と言っておりますが、慣れ親しんだ地界の風景とそう大差はありません。
 魔王城は小高い丘の上に立っており、その膝下には大きな城下町が広がっています。
 店を開いているのも客も魔物や死人ではありますが、日々の営み自体は人間とさほど変わらないようです。
 そんな街を素見すのも後回しにし、血に飢えた獣さんのお宅を訪ねた私とヒヨコ。
 たいそう立派なお屋敷ですが、どういうわけか門にも庭にも人っ子一人、魔物一匹おりません。
 玄関扉の前に立って見上げれば、しんと静まり返ったその屋敷は、たくさんある窓全てがぴたりと隙間なくカーテンで閉ざされていました。
 血に飢えた獣さんち……西日でもきついんでしょうか?
 ともかく、玄関扉に付いていた真鍮製のドアノッカーをカツカツと叩いてみます。
 すると、お入りください、と扉の向こうから蚊の鳴くような声が返ってきました。
 私はヒヨコと顔を見合わせつつ、そっと片手で扉を押してみます。
 鍵は、かかっていませんでした。
 軽く押しただけのつもりなのに、まるで中から引っ張られたみたいに扉が大きく開きます。
 まだ午前中だというのに、屋敷の中は真っ暗でした。
 きっとカーテンが締め切られているせいでしょう。

「……」

 ここまでくると、さすがの私も屋敷の中に足を踏み入れるのを躊躇しました。
 たとえこれが血に飢えた獣さんによる演出であったとしても、初めてのオフ会でドッキリを仕掛けるのはいかがなものかと思います。
 馬鹿正直に入り込んで落とし穴があっても嫌ですから、ひとまず外に出てきてくれるよう、血に飢えた獣さんにお願いすることにしました。
 そうして、携帯端末を取り出したとたんです。

「──わあっ!?」
「──っ!!」

 突然背後から強い風が吹きつけ、私とヒヨコは背中を押されるようにして屋敷の中へと入ってしまいました。
 待ってましたとばかりに、扉が勝手に閉まります。
 あとは、ホラーもののよくある展開。

「……こんなに大勢でお出迎えしていただかなくても、結構ですのに」
「……」

 真っ暗闇の中、私とヒヨコは気づけば周囲を取り囲まれてしまっていました。
 青白い肌に濁った赤い目、だらしなく開いた口元から鋭い犬歯を覗かせた──吸血鬼の群れに。