「オランジュ──オランジュはいるか」
「はぁあい、お呼びですかぁ?」

 返事はすぐにありました。いやに色っぽい女性の声です。
 しばらくすると、ベッドの脇に立つノエルの隣から、声の主と思しき女性の顔がにゅっと生えてきました。
 ノエルに負けず劣らず艶やかな金髪と、生前の私と似た緑色の瞳の美しいひとです。
 ただし、その豊満で魅惑的な身体を包むには、圧倒的に布地が足りていませんでした。
 端的にいえば大事なところを最低限隠しているだけなので、見た目九割以上が肌色です。
 そんなほぼ裸ことオランジュは、私と目が合うとにっこりと微笑みました。
 
「あらぁ、アヴィスちゃぁん。おはよぉー」
「おはようございます」

 生前の私ならば目のやり場に困っていたかもしれませんが、一度死んだ身にはこれしき屁でもありません。
 なんでしたら、屁、なんて単語を使ったのもこれが初めてです。今後も積極的に使っていきたい所存です。
 それはともかく。
 私が目の前の女性の扇情的な姿をガン見していますと、またもや頭頂部に顎を乗せたギュスターヴがため息混じりに口を開きました。

「オランジュ、貴様のそのねっとりとした喋り方、どうにかならんのか」
「どうにかできないことはないんですけどぉ、キャラを立てるためにこのまま参りますねぇ」
「……まあ、いい。ところで貴様、まさかと思うが、アヴィスに血肉を加えてはおるまいな?」
「あらぁ、あんな面白そうなこと、参加しないわけがないでしょーう?」
「なんだと? いったい誰の許しを得て、そんな真似をした」
「もちろん、魔王様のですよぉ。〝いーれーてー〟〝いーいーよー〟ってしたじゃあないですかぁ」

 やったか? やってましたね、というギュスターヴとノエルのやりとりを、私は半眼で眺めます。
 お酒を飲み過ぎるとろくなことにならない、というのがよく分かりますね。
 オランジュは夢魔で、私が精気を糧とできるのはこの身体に彼女の血肉も入っているからだとか。
 ギュスターヴが頭上でやれやれとため息を吐いていますが、やれやれと言いたいのはこちらの方です。

「ほんの少しの血肉でも意外と影響するものだな。それで、ノエル。アヴィスに血肉を与えた者は、私と貴様とオランジュと……他に誰がいる?」
「さあ? なにせ、私もベロンベロンでしたので」

 魔王と側近がそんなことを言い交わしている隙に、後者の脇の下を潜って夢魔が身を乗り出してきました。
 何が嬉しいのか満面の笑みを浮かべた顔が迫り、ぽってりとした唇が私のそれを塞ぎます。
 と同時に、すうっと身体の力が抜けるような感覚を覚え、私はとっさにギュスターヴの胸に縋りつきました。
 どうやら、オランジュに精気を吸われてしまったようです。
 彼女はすぐさまギュスターヴに引き剥がされましたが、相変わらずにこにこしたままとんでもないことを口にしました。