何やらぶつくさ言っていたギュスターヴは私の質問には答えず、ヒヨコを振り返って声をかけました。

「そこのヒヨコとやら。貴様、どうする? 今ならまだ、引き返せば地界に戻れるが?」

 その言葉が意外だった私は、ギュスターヴのやたらと綺麗な顔を両手で挟んで自分の方に戻し、鼻先を突き合わせるようにして尋ねます。

「魔界から出奔した私達を連れ戻しにきたのではないのですか?」
「いや? 私はただ我が子を迎えに赴いただけだ。五時の約束だっただろう?」
「でも、あんな門番まで置いて脱走を阻んでいるのに……。強制的に連れ戻さなくてもいいのですか?」
「あの門を出た時点で、その者は私の管轄から離れる。どこで何をしようと知ったことではない」

 つまり、私のことは我が子という認識だから連れ戻すが、ヒヨコに関しては必ずしもその必要はないということのようです。
 私の両手に顔を挟まれたギュスターヴは、後ろを振り返らないまま言いました。

「地界に戻って人間どもを恐怖に陥れるもよし。ただその身体が朽ちるのを待ち、気まぐれな天使に拾われて天界に行くのを夢見るもよし。好きにすればいい」
「……」

 魔王の突き離すような言葉に、ヒヨコはただ立ち尽くしています。
 その姿が迷子のように見え、私はとたんに胸が騒ぎました。
 それに、彼を天使に渡すのはどうにも気に入りません。
 私はいてもたってもいられなくなって、ギュスターヴの肩越しに身を乗り出し、ヒヨコに向かって手招きしました。

「ヒヨコ、私とおいでなさいな。一緒に帰りましょう?」
「──!」

 とたん、ぱああっと顔を輝かせた……いえ、実際はフードに隠されて顔は見えないのですが、とにかく喜色をあらわにしたヒヨコが一気に階段を駆け下りてきます。
 それが、千切れんばかりにしっぽを振る犬みたいで、私は思わず破顔してしまいました。

「まあ、かわいい」
「……ふむ、これが可愛いのか。今時の若者の感覚は分からんな」

 ヒヨコが、私が放り出してきた大腿骨を拾ってきてくれていたこと。
 そして、彼に右腕が戻っていることに気づいたのは、魔界に戻ってからでした。