「待って──待てよ!! 僕のアヴィスをどうする気だっ!!」


 ああ、そうでした。
 私は生まれた時からずっと、エミールの許嫁アヴィスでした。
 彼の側で、彼だけを見て、彼のために生きて……そんな当たり前だと思っていた日々が、何だか今はもう遠い過去のことのように思えます。
 郷愁にも似た思いが胸に込み上げてきて、私はギュスターヴの肩越しにエミールを見ようとしました。
 ところが、そんな私の頭をギュスターヴの手がやんわりと押さえます。
 涙も、インクも、そしてエミールに対する恐怖までも拭ってくれた大きな手。
 ギュスターヴは二度三度優しく髪を撫でてから、私の顔をそっと自身の肩口に伏せさせます。必然的に、私の視界はマントの襟のふかふかで埋め尽くされてしまいました。
 頭上で、ギュスターヴが口を開きます。


「間違えるな、少年」


 けして大きくはない、けれど魔王の肩書きにふさわしい厳かな声が言い放ちました。


「これはもう、貴様のアヴィスではない──私の、アヴィスだ」