「可愛い我が子が一方的に泣かされて、黙ってなどいられるはずがない」

 きっぱりとそう告げて、私を片手で軽々と抱き上げたのです。
 たちまち間近になった美貌に、私は驚くよりも先にほっとしました。
 きゅっ、と縋るみたいに彼のマントを握ったのは無意識です。
 頬を濡らす涙は、無言のまま大きな掌が拭ってくれました。
 その手はさらに、インクに塗れた私の髪を、繭色のワンピースを、労るように優しく撫でます。
 するとどうでしょう。
 まるで油紙が水を弾くみたいに、髪やワンピースからインクが離れ始めたのです。
 インクは魔王の優美な指先に導かれて寄り集まり、やがて彼の手のひらの上で一つの黒い球に変わりました。
 ギュスターヴはそれを無感動な目で一瞥してから、空になっていた瓶へと押し込めます。
 そうして器用に片手で蓋を閉めると、まるで何事もなかったかのように国王の執務机に戻したのでした。
 私のギュスターヴ譲りの銀色の髪も、繭色のワンピースも、インクの瓶も元通り。
 決して元に戻らないのは、エミールの凄まじい形相と、彼に対する私の認識。

「子供って……我が子って何だよ。お前はアヴィスの何だって言うのさ」

 地を這うエミールの声に、私はびくりとして身を竦めます。
 ギュスターヴはそんな私の背中を宥めるように撫でながら、顎を反らせて実に偉そうに、そのくせ律儀に答えました。
 
「私か? 私はアヴィスの──お父さん、だ」
「「「──は!?」」」

 私とエミールと兄の声が見事に重なりました。
 ヒヨコも口をきけたならば、四重奏になっていたかもしれません。
 ギュスターヴを見るエミールの目が、たちまち胡乱なものに変わりました。