「独り善がりも大概にしろ」



 ふいに、冷ややかな声がその場に響き渡ったのです。
 続いて、固いブーツの踵でカツカツと旋律を刻んで、戸板の外れた扉を悠然と潜ってくる者がありました。
 見覚えのある、真っ白い毛皮の襟付きマントの裾がはためきます。
 私はその場にへたり込みながら、いきなり現れた思いも寄らぬ相手の名を茫然と呟きました。



「……ギュスターヴ」



 死んで肉体を離れた私の魂に、この新しい身体を与えてしまった張本人。
 今の私と同じ、銀色の髪と赤い瞳をした、やたらと尊大で馴れ馴れしく、そしてとても美しい──魔界の王。
 誰もが言葉を失い、瞬きすら忘れて、この瞬間、彼に見入っていました。
 いいえ、もしかしたら魅入られていたのかもしれません。
 しんと静まり返る国王執務室の中程で足を止めたギュスターヴは、ヒヨコを、兄を、そしてエミールを、それぞれ鋭い目で一瞥しました。
 ところが私に視線を移したとたん、彼はやはり目元を綻ばせたのです。

「アヴィス」
「……はい」

 ギュスターヴに名前を呼ばれたのは、これが初めてでした。
 まだ聞き慣れない声のはずなのに、こんなにほっとした気持ちになるのはなぜでしょう。
 そんな私に、魔王はいやに優しい声で、小さい子に言うみたいに続けます。

「五時になる。帰るぞ」
「……はい?」

 その時でした。
 カチッと音を立てて、国王執務室の柱時計が五時を指し示したのは。

 そういえば……五時になったら迎えに行くとか何とか、言われたような気がしないでもありません。