「やめ……やめて! やめて、エミール……っ!!」

 今更ながら、得物を投げ捨ててしまったことを後悔しました。
 いえ、たとえあの大腿骨があったとしても、はたして私にエミールをぶつことができたかどうかは分かりませんが。

「エ、エミール……」

 エミールの指先が、焦らすように眼窩をなぞります。
 私はもう恐ろしくて恐ろしくて、ただブルブルと震えることしかできません。
 痛覚がないなんてことは、今は何の慰めにもなりませんでした。
 そんな私を嘲笑うみたいに、エミールの薄い唇が弧を描きます。
 そうしてついに、彼の指先に力が入りかけた刹那のことでした。


 ──ドンッ……!!


 突如大きな音がして、国王執務室の扉が内側に向けて吹っ飛んだのです。
 と同時に、二つの人影が部屋の中に転がり込んできました。
 まだ勝負がついていなかったのでしょう。抜き身の剣を握ったヒヨコと兄です。
 ただ、なぜか二人は剣を交えていたはずのお互いではなく、扉の方を注視しています。
 さしものエミールも驚いたようで、私の目玉を抉ろうとしていた指を引っ込めました。
 これ幸いと、私は両手を突っ張って距離をとります。
 それが、彼の逆鱗に触れたのでしょう。
 
「アヴィス! 僕を拒絶することは許さないよ!!」

 その声は、まるで獣の咆哮のようでした。
 こんなエミールの荒々しい声は聞いたことがありませんでした。
 こんなに、憎々しげな目で見られたこともありませんでした。
 私の知らないエミールが、私を再び支配下に収めようと手を伸ばしてきます。
 それに腕を掴まれるかと思った──まさにその時でした。