代々のグリュン国王が執務室としてきたのは、王宮の四階にある一際広い部屋でした。
 南向きの大きな掃き出し窓からは庭園が見えますが、先ほどよりも雪の勢いが増したようで、景色はすっかり霞んでしまっています。
 そんな窓に背を向ける形で、国王の執務机は置かれていました。
 とはいえ、今代の主は現在庭園の雪に首だけ出して埋まっている状態。
 代わりに、この時執務机に向かっていたのは……

「エミール……」

 その姿を、私は殊更意外に感じました。
 私の兄によって無理矢理旗印にされてしまって、エミールはさぞ困っているだろう。
 きっと、広い国王執務室の隅っこで途方に暮れているか、あるいは所在無げに窓辺にでも佇んでいるだろうと思っていたのです。
 ところがいざ駆けつけてみると、彼は堂々と執務机の前に座って、淡々と仕事をこなしているように見えました。
 少なくとも、無理矢理役目を押し付けられている風ではありません。
 さらに、私の十八年に及ぶ人生でもう何度も何度も耳にした声が、初めて聞くような冷ややかさで言葉を紡ぎます。

「グラウ、何か用? さっきから外が騒がしいようだけど、何をし……」

 けれど、エミールはふいに顔を上げ、言葉を途切れさせました。
 入ってきたのが兄ではないと気づいたのでしょう。
 逆光になっていて表情は見えませんが、彼が息を呑んだのは分かりました。

「エミール……」

 彼を呼ぶ私の声は震えていました。

「……アヴィス?」

 私を呼ぶ彼の声も震えていました。

 大人しくて引っ込み思案で泣き虫で、けれども優しくて純粋で虫一匹殺すこともできない、まさしく天使のような男の子。
 私が、きっとどんな悪意や困難からも守っていこうと固く心に決めていた、エミール。
 彼の無事な姿を目にして、私は安堵しました──いえ、するはずでした。

 なのに、なぜでしょう。

 私はこの時、えも言われぬ不安が足下から這い上がってくるような感覚を覚えたのです。