「すまなかったな、プルートー。私の子が悪戯をしたようだ」
「私の子って……あんた、あれを悪戯で済ますんです?」
「悪戯だろう。そして、子供は悪戯をするものだ」
「悪戯で全身バラバラにされた上に骨を盗まれたんじゃ、たまったもんじゃないですよぅ!」

 プルートーと呼ばれた門番が地面に座り込んだまま、歯をカタカタいわせて抗議する。
 アヴィスが左の大腿骨を持っていってしまったせいで立てないのだ。
 そんな中、ギュスターヴが門番と向かい合っているのをいいことに、こっそり門を出よう目論む魔物がいた。
 腹に女の顔がついた土蜘蛛である。
 土蜘蛛の巨体は、その八本の長い足でもって音もなく門に近づいたのだが……
 

「私を倒してからにしろと言っただろう」


 ギュスターヴが振り返りもしないまま右手で空を薙いだとたん、一瞬にしてバラバラになってしまった。
 毒を吹き掛ける間も、鋭い鋏角で対抗する間もなくである。
 あっけなく倒れた土蜘蛛を、ギュスターヴは赤い瞳で無感動に見下ろす。
 かと思ったら、ふいに脚を一本を拾い上げて門番に差し出した。
 
「大腿骨の代わりにこれをくれてやるから、そうカリカリするな」
「いやあ! ゴリゴリに毛が生えてて気持ち悪ぅ……でも、不思議! サイズぴったり!」
「よかったな」
「よかねーわっ!」

 とは言いつつも、背に腹はかえられない。
 しぶしぶ左の太ももだけゴリゴリに毛深くなった門番は、気を取り直して立ち上がった。

「それで、どうするんです? お嬢さんが、死人と連れ立って出て行ってしまいましたよ?」
「ほう、死人。何者だ? アヴィスの友達か? なんと、この短時間でもう友達ができたのか? 我が子ながらすさまじいコミュ力だな」
「はあ……まあ、友達じゃなくて彼氏かもしれませんけどね。男でしたから」
「──なに? 彼氏、だと?」

 とたんに膨れ上がった魔王の怒気に当てられ、まだ息があってピクピクと蠢いていた土蜘蛛が木っ端微塵に飛散した。
 その残骸が、パラパラと雨のように降り注ぐ。

「……今朝生まれたばかりだぞ? まだ、彼氏を作るには早い」

 唸るようなギュスターヴの声に、厳つい面構えの番犬達もすっかり怯え、後ろ足の間に尻尾を巻き込んでブルブルと震えている。
 失言をした門番はというと、鎌の柄を杖にして、こう呟くのがやっとであった。

「ぴええ……お父さん、落ち着いて」