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 目が覚めますと、辺りは真っ暗闇でした。
 けれども、それもわずかの間のこと。
 闇には次第に目が慣れてくるものですが……

「なんだか、異様に夜目が利いているみたい」

 今宵はいつになく、くっきりはっきり周囲の物が見えるような気がします。
 なにしろ、隣でぐっすり眠るギュスターヴの、長いまつ毛の一本一本まで判別できるほどなのです。
 時計の針もはっきりと確認することができました。
 時刻は、ちょうど午前二時。
 四時間も眠ったので、私の目はもうすっかり覚めてしまっております。
 となると、いつまでもベッドにいるわけには参りません。

「ギュスターヴ、ちょっとお散歩してきますね」

 今宵は月代わりのLED照明が一斉メンテナンスに入るため、真っ暗になるから出歩くな、とか何とか言われましたが……夜目が利くのですから、まったく問題ないですよね。
 ギュスターヴは一度眠るとちょっとやそっとじゃ起きませんので、返事を待たずにベッドを抜け出します。
 そうして、私は世界が一変していることに気づきました。


「すごく、音が聞こえる……」


 魔王をはじめとする魔族の血肉でできた体なので、耳も人間の時のそれより敏いのですが……

「こんなに聞こえるの、初めて……」

 草葉の陰で鳴く虫の声。
 誰かのくしゃみ。
 罵声。
 独り言。
 寝言。
 嬌声。
 普段は、この魔王の寝室まで届かないあらゆる音が、私の耳を賑やかしておりました。

「ふふっ、夜なのにうるさい」

 何だか楽しい気分になった私は、意気揚々と魔王の寝室を飛び出します。
 すると、扉の前に置かれていた猫ちぐらから、もそもそとヒヨコが這い出してきました。

「こんばんは、ヒヨコ。ちょっと出かけてきますね」
「……っ!?」

 ヒヨコも今宵は出歩かないようギュスターヴに言いつけられていたため、私の宣言に驚いたようです。
 さっさと歩いて行こうとするのを、慌てて追いかけてきた彼に後ろから抱き留められてしまいました。
 ヒヨコはさらに、何かに気づいて驚いた様子で、私の頭をしきりに撫で始めます。