「クラーラ……?」


 クラーラが両目からポロポロと涙をこぼし、声もなく泣いていたからです。
 私はまた、胸が締め付けられるような痛みを覚えた気がしました。

「ああ……いやはや、これは参ったね……この私が、子供を泣かせるだなんて……」

 千年を超えて生きる魔女からすれば、魔界で爆誕してまだ一月半あまりの私は元より、五十年生きているクラーラさえ幼子のようなものなのでしょう。
 子供好きというのも伊達ではないようで、ずっと澄ました顔をしていた魔女が初めて動揺を見せます。
 魔女はテーブルを回ってクラーラの側までやってくると、腰を落として言いました。

「ごめんよ、可愛い子。どうか、泣かないでおくれ」
「私は……一生許さない──母を傷つけた、お前のことを」

 私は、クラーラは父親の不貞に傷ついているのだとばかり思っていました。
 ですが、違いました。
 彼女が何より心を痛めているのは、父親に裏切られて母親が傷ついたことだったのです。
 これに感銘を受けたのは、私だけではありませんでした。
 魔女が、今までにないほど真剣な表情をして宣言します。
 
「では私も、この身が滅び去る瞬間まで、お前さん達母子に対する贖罪の気持ちを忘れずにいよう」

 しん、と静まり返った居間に、ぐすぐすとクラーラが鼻を鳴らす音だけが響いていました。
 そんな中、ぽつり、と呟いたのはクリスです。
 
「おれも……ねーねと、ねーねのママに、ごめんなさいする?」

 魔女が、すぐに何か言おうと口を開きかけます。
 しかし、それよりも早く声を発した者がいました。


「いらないわ。必要ない。私も、きっと母も、お前に非があるとは思っていないし、お前を責めるつもりもない」


 手の甲で乱暴に涙を拭ったクラーラが、そう毅然として言い放ちます。
 これを聞いた魔女は破顔しました。

「お前さんも、母君も、実に気高いね」
「当たり前でしょう。私も母も、誇り高きドラゴン族よ。お前のような阿婆擦れとは違うわ」

 ツンと澄まして言うクラーラに、魔女はますます笑みを深めまて言います。
 
「次期族長がお前さんなら、ドラゴン族も安泰だね。クリストファーの存在が、お前さんの立場を揺るがすことなどないから、安心しておくれ」

 当たり前だ! とクラーラが即答する──そう思っていました。
 ところが私の予想に反し、彼女は唇を噛んで俯いてしまいます。

「そっちがそのつもりでも、皆が同じ考えとは限らない。現に……」