「邪魔するぞ……」

 人狼族の長ルーが甥っ子を着替えさせるのを見届けた後、魔王は側近とともに執務室に戻った。
 なお、戻ったからといって仕事をするとは限らない。
 ノエルが積み上げていく書類をギュスターヴが無感動に眺めていると、元からくたびれた様相の男が、さらに疲れ切った顔をしてやってきた。
 ケンタウロスの科学者、キロンだ。

「どうした、キロン。今日はまた一段としけた面をしているな」

 仕事をする気が微塵もない魔王の問いに、持参したタブレットを覗きつつ、キロンはいかにも憂鬱そうな表情のまま答えた。

「ヘイヘイアプリのカスタマーセンターに、突如とんでもない量の苦情が届き始めたんだが……何か知らないか?」
「知らん」
「知りませんね」
「決済音に覇気がなさすぎるから改善しろ、というものなんだが」
「皆目見当がつかんな」
「ええ、まったく心当たりがありませんね」

 ギュスターヴとノエルが、息をするように嘘を吐く。
 彼らは、心当たりがありまくりだった。

「意図してのことかどうかはともかく……十中八九、アヴィスが扇動したんだろうな」
「あの子、えげつない数のフォロワーがいますからねぇ」

 などと、今もまだアヴィスにブロックされたままの主従がヒソヒソする。
 そもそもキロンは、アヴィスを探してここにきたらしい。

「アヴィスなら町へ遊びに行っているぞ。くたびれたおっさんが私の子に何の用だ?」
「いや……ヘイヘイアプリの決済音を変更するなら、あの子に声を吹き込んでもらおうかと思ったんだが……」

 そのアヴィスこそが、カスタマーセンターに苦情が殺到している元凶だなんて、キロンは思ってもいない。
 そんな彼に、ノエルがさすがに同情を禁じ得ないでいる横で、ギュスターヴは難しい顔をして首を横に振った。

「そんなことをしたら、決済音を聞きたいがために散財してしまうではないか──私が」
「しますね。魔王様は、絶対にします」

 そうこうしているうちに、ついにカスタマーセンターのページが鯖落ちした。
 キロンはタブレットを前にして頭を抱えるが、ギュスターヴは気にも留めないまま話題を変える。

「それはそうと、キロン──妻の妊娠中に不貞を働いた男は問答無用で去勢させようと思うんだが」
「……なんだって?」
「不貞男強制去勢のベースは私が構築するから、貴様がシステム化しろ」
「いや、なんだって!?」

 くだらない冗談はやめろ!
 そう言い返そうとしたキロンだったが、相手の顔を見てさらに頭を抱えることになる。
 現在の主君であり、スポンサーでもある魔王が、そのくだらないことを本気でやろうとしていると悟ってしまったからだ。
 そんなキロンに、ノエルはまたもや同情しかけたが……