「ルー、貴様の兄はどうした」
「にーちゃんねぇ、奥さんと一緒に朝からでかけてる。友達の結婚式なんだって。明日帰ってくるよ」

 ギュスターヴの問いに、両の拳を血に染め、なおかつ返り血を浴びまくったルーが呑気に答えます。
 石造りの館の床は、いまや血の海でした。
 ルーが、同族を返り討ちにした跡です。
 人狼族最強というのは伊達ではないようで、束になって襲いかかってきたモフモフを、彼はあっという間にミンチにしてしまいました。
 ちなみに、壁や天井に赤い絵の具をぶちまけたみたいになっているのは、うっかり害意を持ってクリスに触れてしまったモフモフの成れの果てです。
 お掃除、頑張ってください。
 私を人質に取ろうとしたモフモフの首も、ヒヨコがスパスパ切って積み上げました。
 月見団子みたいになっています。
 そんな地獄絵図のごとき光景をにこやかに見渡し、ノエルとジゼルが頷き合いました。

「摂政役の兄上が留守の間に、族長をすげ替えようとしたのですね」
「まあまあ、浅はかですこと」

 ルーの兄は、聡明で人望の厚い人狼なのだそうです。
 腕っ節では弟には敵いませんが、総合的に見ると兄の方がずっと族長にふさわしいと考える者は大勢いたのでしょう。
 なにしろ、ルーは少しばかり……いえ、だいぶとおつむが残念なのは、会ったばかりの私でもわかります。
 幸か不幸か、兄自身は一族で最も強い弟を族長として崇めることに不満を抱いてはいないようです。
 つまり、今回のクーデターは、兄のファンクラブによる独断でした。
 過激なファン達は、邪魔なルーを始末し、推しが族長として立たざるを得ない状況を作ろうとしたのです。
 しかし……


「人狼族が誰を族長にしようとかまわん。納得がいくまで、殺し合いでもなんでもすればいい。ただ──私の子を巻き込んだことは、許せん」


 魔王の怒りを買ってしまったのは、想定外でしょうね。
 ルーにミンチにされたり、うっかりクリスに触れて木っ端微塵になったり、ヒヨコにスパスパ首を飛ばされたりせずに生き残った猛者達も、圧倒的強者を前にして硬直してしまいました。
 彼らから少し離れた場所では、コロコロの子狼が恐怖のあまり、じょばーっ! と滝のようなおもらしをしています。
 何を隠そうこの子狼こそ、魔王の怒りの元凶でした。