私がギュスターヴに電話をかけた時から、少し遡ります。
 寝起きの彼に見送られて、私はヒヨコとともに魔王城の外に出ました。

「さあ、ヒヨコ。今日は何をしましょうか」

 ヒヨコから答えが返ることはありませんが、一向にかまいません。
 だって、私が何をしようと、彼が嬉々として付き合ってくれると確信しておりますから。
 ヒヨコは、一月の修業から戻って以来、私の側を片時も離れようとしません。
 どこへ行くにもピヨピヨとついてきて、可愛いことこの上ないです。
 魔王城の中にはヒヨコのための部屋も用意されていますが、まったく使おうとする気配がない、とツンデレメイドの山羊娘がプリプリしておりました。
 私がギュスターヴのベッドで眠りこけている時でさえ、寝室の扉の前でじっと膝を抱えているのです。
 見かねた善良な魔物有志一同が、彼のために藁で編んだ室を置いてくれました。
 猫ちぐら、っていうそうです。
 元々は猫用の寝床なんですって。
 そんなヒヨコと仲良く手を繋いで、私は魔王城の門を目指します。
 ところがある場所に差し掛かった時、彼は私の手をぎゅっと握り締めました。

「おばあさま……」

 十日前まで、ここには古い大きな木が立っていました。
 ですが、今では焼け焦げた切り株が残っているのみです。
 足を止めてそれを見下ろす私に、ヒヨコがおろおろする気配がしました。
 私は、そんな彼の手を握り返して笑みを作ります。
 
「心配しないでちょうだい、ヒヨコ。もう取り乱したりしません」

 ドラゴンの吐いた炎によって、ここにあった古木が焼け落ちてしまったのは、とても残念な出来事でした。
 なにしろ私はそれのことを、老婆の声で話す古木の魔物だと思って慕っていたのですから。
 その正体が実は、くたびれたおじさんケンタウロスだっただなんて、二重でショックでした。
 とはいえ、それももう過去のこと。
 すでに立ち直っている私は、焼け焦げた切り株から視線を外し、ヒヨコの手を引いて再び歩き出します。
 やがて視界に入ってきた魔王城の門を守るのは、今日も今日とて、恥ずかしがり屋のガーゴイルでした。
 そして、その陰からぴょこんと飛び出してきた者にも、見覚えがあります。