「ふむ、怒られてしまったな」
「だから、早く出なさいと言ったでしょう……って、どうしてちょっと嬉しそうなんです?」
「それほど私との会話を切望していたのかと思うと、かわいいが過ぎるだろうが」
「魔王様がポジティブで何よりです」

 ワンワンキャンキャンはまだ続いている。
 何かあったのか、とギュスターヴは携帯端末の向こうへと問い掛けた。
 その声は、魔王という肩書きからは想像できないほど柔らかである。
 実際のアヴィスはご機嫌斜めでも、ギュスターヴが見ているのは画面に映る可愛い寝顔だからだ。

『ワンワン大乱闘の収集がつかなくなってきたので、なんとかしてください』
「ワンワン? お前、今どこに……」

 ワンワンなんて幼児語を口にするアヴィスにギュスターヴが表情を蕩けさせ、ワンワンなんて幼児語を口にした魔王にその側近が生温かい笑みを浮かべる。
 そんな中……

『あらあら、あなた。大丈夫……』

 慌てたようなアヴィスの声に重なり、キャンッ! と子犬っぽい鳴き声が端末の向こうから響いた。
 その刹那──ここまで上機嫌だったはずの魔王の顔が一転、剣呑な様相を帯びる。


「アヴィス、お前──血を流したな?」


 そう言い終わるか終わらないかのうちに、魔王の姿は執務室から消えていた。