開け放した窓から吹き込んだ風が、上質の絹糸を思わせる銀髪を揺らす。
 同質のまつ毛の下より現れた赤い瞳がすいと動き、側に控えた金髪碧眼の男を映した。
 形のよい唇が、緩慢に開かれる。

「妻の妊娠中に不貞を働いた男は、問答無用で去勢させようと思う」
「第一声がそれでいいんですか、魔王様」
「麻酔なしで」
「わあ」

 本日も十時を回るまでベッドから動かなかった魔王ギュスターヴだが、我が子と公言する元人間の少女アヴィスが遊びにでかけていくのを見送ると、ようやく執務机の前に座った。
 なお、執務机の前に座ったからといって、仕事をするとは限らない。
 彼は、側近である堕天使ノエルが差し出す書類に見向きもせぬまま、長い足を組んで続けた。

「最近、育児板でアヴィスのことを相談していたのだが」
「えっ? ちょっとちょっと……半年はロムりなさいと言ったでしょう? 独身男とバレたら、袋叩きにされますよ!」
「すでに独身男とバレているし、袋叩きにもされた後だ」
「ほらー!」

 天使に毒を盛られて絶命し、魔界で新たな体を与えられたアヴィスは、睡眠も食事もとらずにギュスターヴをやきもきさせた。
 最近になってようやく、彼の側でだけ気まぐれに、という限定的ながら眠るようにはなったものの、食事に対しては相変わらず無関心なままだ。
 子供が眠らない、食べない、というのは、古今東西の母親達共通の悩みである。
 ギュスターヴが育児板に参加していたのも、けして冷やかしや荒らしのためではなかった。

「スレ主のボスママが、私が真剣に子育てに悩んでいることを察して取りなしてくれたのだ。おかげで、初めての子育てに奮闘するワンオペシングルファーザーと認知され、スレでの自由な発言を許されている」
「おやまあ……ママさん達も、まさかそのシングルファーザーが魔王様だなんて思いもしないでしょう」
「アヴィスが初めて眠ったと報告した時など、スレは私への賛辞と祝福の言葉で溢れかえっていたな」
「優しい世界ですね」